A maiden
*犬桔
「巫女はなぜ、巫女と呼ばれると思う?」
桔梗の静かな眼差しは犬夜叉の心に白波を立てる。
彼女に見つめられるたび胸騒ぎを覚える自分を、初めは疎ましく思った。だがひとたび受け容れてしまえば、あとは甘美なもののように感じられる。
誰かの視線に胸をときめかせることは、決して後ろめたいことなどではない。
「桔梗、お前みたいに霊力を持つ女を、巫女と呼ぶんじゃないのか」
思いついたままを口にすると桔梗は「ふふっ」と吐息をこぼして笑う。近頃は見違えるほど表情が豊かになったと思う。冷たい面差しにふと過ぎる、血の通った人の表情。きっと、犬夜叉自身もそうだろう。
「一理あるな。だが私が考える巫女の条件は、少し違う」
桔梗の耳の上にはかんざしのように一挿しの花。彼女と同じ名をもつ花だ。路傍に咲いているのを犬夜叉が見つけて、彼女に贈った。
「犬夜叉。私が思うに、巫女であるということは、娘であるということだ」
犬夜叉は首を傾げてしまう。ただの娘なら、そこらへんにいくらでもいるではないか。
「じゃあ、娘達はみんな巫女だっていうのか?」
「いいや。巫女は、生娘でなければいけない」
桔梗は自分が挿頭【かざ】していた花をそっとはずして、その紫の花びらに口づけした。犬夜叉にするかわりに、犬夜叉がくれた花に接吻するのだ。その花を太陽にかざす。桔梗自身も光を浴びて、まぶしさに目を細めている。
彼女は彼からの贈り物を大切にする。何の変哲もない物だとしても、まるで天からの授かり物のように。
「私は巫女だ。一生このまま生きていこうと、幼い頃に誓いを立てた」
けれど、と視線を落として花は笑う。そして彼が今宵一晩中頭を抱えてしまうような、悩ましいことを言うのだ。
「お前にだけは、犬夜叉。いつの日か、私のすべてを捧げてもいいと思っているよ──」
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(2015.10.12)
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