Prince Turnip



  
 ──インガリー国民である年頃の未婚女性はすべて、来月王都キングズベリーにて開かれる親善晩餐会に参加されたし。

 王宮から国中に向けてそのような伝達が出されたのは、隣国シャトールとの終戦条約が締結されてからまもなくのことだった。
 この知らせはもちろん「空飛ぶ城」の住人のもとにも届けられたが、城のあるじである魔法使いハウルの反応は思わしいものではなかった。
「未婚女性はすべて参加しろ、だって?」
 それはつまり彼の恋人であるソフィー・ハッターも、そのどこの馬の骨が来るとも知れない晩餐会とやらに召喚されるということだ。
 ハウルがあからさまに難色を示していると、売り物用のチューリップの花束にリボンがけをしながら、ソフィーがくすっと笑った。
「ハウルったら、まるであたしが兵隊に呼ばれたみたいな顔つきね」
「冗談じゃないよ。この国の未婚女性ばかりを招いた晩餐会?そんなもの、きっと戦争に行くのと同じようなものさ」
「あら、戦争はもう終わったじゃないの」
「──国王陛下や大臣達の考えは読めているさ」
 ハウルは怪訝な顔をしながら、蜜蜂のようにせわしなく花屋の店内をうろうろしている。その動きを見ているソフィーは目が回りそうだ。
「ご丁寧に『親善』の一言がついているんだ。『晩餐会』なんて銘打ってはいるけど、これはきっと、隣国の男達とのお見合いパーティーみたいなものに違いないさ」
「お見合いパーティー、ですって?」
 目をみはる恋人を、もどかしげに靴の踵をカツカツ言わせながら、魔法使いは溜息混じりに見つめた。
「ソフィー。未婚女性だけが招かれると言われたら、そういう策略があるとしか考えられないだろう?」
「でも、どうして?隣国とのお見合いなんて──」
「考えてみれば、それが一番手っ取り早い『仲直り』の方法だ。そう思わない?」
 ドアベルが鳴り、赤毛の若い女性客が店内に入ってきた。近所の仕立て屋のサニーで、帽子屋時代からのソフィーのお得意様だ。ソフィーはハウルとの会話を一時中断して接客にあたるが、気さくなサニーの方からまた同じ話題をもちかけてきた。
「ソフィーも聞いたわよね?例の親善晩餐会の話」
「ええ。さっきまで、ハウルとそのことで話していたのよ」
「国王陛下の伝達が出されてから、うちの店は今までにないくらいの大繁盛よ。晩餐会のためにドレスを新調したいって娘がたくさん来てね、予約が殺到しているの」
 ソフィーは苦笑する。
「実はあたしのところもよ。帽子屋はもう店じまいって言ったのに、他の店が手一杯らしくてね。お嬢さん達が店先まで押しかけてきてなかなか諦めてくれないの。仕方がないから、いくつか注文を受けることにしたわ」
「聞いたところだと、お隣のシャトール国でも似たような状況らしいわよ。どうやら向こうでは、淑女の皆様じゃなくて紳士の方々が張り切っているそうだけど」
 腕組みをして壁際に寄りかかっているハウルが「それ見ろ」と言いたげにしている。ソフィーは彼の懸念が的中していたことを思い知る。
「じゃあ、本当なのかしら。その、親善晩餐会というのは、つまりは隣国とのお見合いパーティーみたいなものだって──」
 サニーが目を輝かせた。
「ええ、その通りね!恋人のいない娘仲間はみんな浮き足立っているわよ。私もいい人を見つけるために、うんとおめかしするつもり。──ソフィー、あなたにはハウルさんがいるけど、未婚ならあなたも晩餐会には行かなくちゃいけないわね。なんていったって、国王陛下のご命令だもの」
 それまで黙りこんでいた魔法使いが突然、みじめな声をあげた。
「ああ、できることなら今すぐにでも可愛いソフィーを僕の奥さんにしたい。でも今は王宮から結婚の許可がおりないんだ!晩餐会が終わるまで、禁婚令が布かれているらしい──」
 ソフィーはつい顔をあからめてしまう。ハウルは何気なく嘆いたつもりだろうが、なんの前触れもなく「結婚」などという言葉が飛び出すとは思わなかった。本当にこの魔法使いには心臓を揺さぶられてばかりだ。
 サニーがダリアの花束を抱えてころころと笑った。
「ハウルさん、どうか心配なさらないで。ソフィーはあなたに首ったけよ?他の紳士にうつつを抜かすなんてことは絶対にありえないわ」
「でも、他の紳士が僕のソフィーにうつつを抜かすことは絶対にありえない、とは言い切れないだろう?」
「ふふ、それはその通りね。あなたという恋人ができてから、ソフィーは日に日に綺麗になっていくみたいなんだもの」
 不安に駆られたらしく、魔法使いは恋人にぴったりとくっついて離れない。仕立て屋の娘はそれを微笑ましく思いながら、なじみの店をあとにした。

「サリマン先生に直談判しに行く。僕達の結婚を認めてもらうんだ」
 業を煮やしたハウルがソフィーを連れて王宮に乗り込んだのは、親善晩餐会をあと一週間ほどにひかえたある日のことだった。
 以前もソフィーが呼ばれたことのある温室で、王宮付きの魔女サリマンは二人を待っていた。周りに金髪の美しい小姓達を従え、淹れたての紅茶を優雅に啜っている。
「二人ともおかけなさいな。──ソフィーさん、そんなに緊張なさらないで。私はもう、ハウルを追い詰めたりはしませんよ」
 前の対面を思い出していたのだろう、ソフィーは我知らず肩をこわばらせていたと見え、サリマンの穏やかな声にほっと安堵の溜息をついた。
「ヒンは元気にしている?」
「ええ、とても元気です。連れてこようと思ったのですが、餌をあげたら眠ってしまったので」
「あなた方のところですっかり居心地が良くなったようね。薄情な子だこと、きっともう前の飼い主の顔すら憶えていないでしょう」
 ハウルは用意された椅子にソフィーを座らせ、自分はその斜め後ろで立ったままでいる。ソフィーの肩に手を添え、少し離れたところに座っている元師匠の様子をじっと窺っている。
「ハウル、せっかく用意させた紅茶が冷めてしまわないうちに、おあがりなさないな」
「お言葉ですがサリマン先生、僕は紅茶をごちそうになるために伺ったわけではありません」
「相変わらずせっかちな子だこと。あなたの用向きは分かっていますよ」
 サリマンはカップをソーサーに戻し、毅然と元弟子の目を見つめ返した。
「期待を裏切るようで申し訳ないけれど、あなたとソフィーさんの結婚は、今は認められません。陛下のご命令通り、隣国との親善晩餐会が無事に終わって、禁婚令が解かれてからになさい」
 あからさまに落胆の色を浮かべるハウル。
「信頼の厚いサリマン先生なら、陛下を説得できると思ったのですが」
「例外をひとつ作ってしまっては、決まりというものはどんどんほころびていくものです。たとえ私が直訴したとしても、陛下はお許しにならないでしょう」
 それに、とサリマンはなにやら含みを持たせた言い方をしてソフィーに視線を移した。
「ソフィーさんには是非ともいらしていただかないと。なにしろ、主賓扱いで招待されているのだから」
「──それはどういうことです?」
 王宮付きの魔女は多くを語ろうとはせず、また多忙を極めているため、ハウルは消化不良のままほどなくしてソフィーと共にその場を辞すこととなった。

 翌朝、王宮からソフィー宛てに晩餐会の招待状が届いた。王国の紋章の捺された蝋でしっかりと封をされたそれは、驚くことに国王直筆のものであり、サリマンのほのめかした「主賓扱い」という言葉がここにきてようやく真実味を帯びだした。
 さらにソフィーへの届け物はそれだけに留まらず、真新しいドレスや靴、服飾品のたぐいも一式揃えて送られてきた。どれも王室御用達の老舗高級店のもので、どれほど値が張るのか想像しただけでソフィーは目が眩みそうになる。
「どうして、陛下はあたしにこんな待遇を?」
 安楽椅子に腰かける荒地の魔女は、マルクルに魔法書の難解なページを読み解いてやっていたが、ソフィーに届けられた品々をふと一瞥して、胡乱げに目を細めた。
「甘い話には決まって裏があるものだ。王宮の人間なんて、誰一人として信用ならないからね。ソフィー、あんた、晩餐会では十分に気を付けたほうがいいよ」
 炉端に置かれた国王直筆の招待状に火の粉を降らしてしまわないように、暖炉のカルシファーは薪を抱いたまま縮こまっている。
「ハウルにも王宮から何度も手紙が届けられたことがあるけどさ。あれははっきり言って、脅迫みたいなもんだよな。こっちが拒むに拒めないってわかっててやってるんだぜ、向こうはきっと」
 ソフィーは溜息をつく。ハウルは今はバスルームにいるので、先程王宮から配達人が訪ねてきたことをまだ知らない。この届け物の数々を見たら、いったいどんな顔をするのだろう。
「主賓扱いってことは、隣国の誰かとソフィーを引き合わせたいのかもしれないねえ」
 椅子をゆったりと揺らしながら、荒地の魔女が思案顔をつくってつぶやく。魔法書の教えてもらったところを復唱していたマルクルが、はたと顔を上げた。
「隣国の誰かって、誰?」
「さあ。でもソフィーを主賓としてもてなすほどだから、きっとあちらさんの要人だろうね。政府関係者とか、王族とか、まあそんなところだろう」
 バスルームのドアが開き、ハウルの軽快な鼻歌が漏れきこえてきた。今日はソフィーと海辺の街までデートに出かける予定なので、朝から上機嫌なのだ。
 水を差すことにならなければいいのだけれど。ソフィーは火の悪魔にあたらしい薪を焼べてやりながら、本日二度目の溜息をこぼした。

 おしろいや香水のにおいが王国を満たすかのような、華やかな日がやってきた。
 隣国シャトールとの親善晩餐会は、今日の日没後にキングズベリー一帯で開かれることになっている。王都をあげての一大イベントとあって、巷では隣国からの訪問客をまじえて、朝から大賑わいのお祭り騒ぎだ。軽快なワルツに活気あふれるファランドール、広場で踊りに興じる人々の熱気は冷めることを知らない。むしろ日没が近づくにつれていっそう高まっていくようでもあった。
 そういった人々とは完全に一線を画している魔法使いハウルは、朝から物憂げに窓辺に座っている。晩餐会の身じたくに浮き足立っているらしい若い娘達が、足取りも軽く窓越しに通り過ぎていくのを、溜息をつきながら見送っている──といった有様だ。
 彼の憂鬱の原因であるソフィーはというと、王宮から贈られたドレスを着るのに悪戦苦闘している。クリノリンとよばれるスカートを膨らませるための巨大な下着が、歩くときに小回りがきかないので邪魔なことこのうえない。
「ハウル、ちょっとお願いよ。このクリノリン、魔法でもう少し小さくしてくれないかしら?」
 ハウルは端整な顔を憂いに曇らせたまま、ソフィーに向けて人差し指をふった。歩くことさえ難儀するほど巨大だった下着は、彼の魔法のおかげで動きやすいちょうどいい大きさにおさまってくれた。
「悔しいくらいきれいだよ、ソフィー。まるで妖精の祝福を受けた王女様みたいだ」
 頬をほんのりと染める恋人を見つめ、心底もどかしそうに唇を噛むハウル。
「本当は君を行かせたくないし、誰の目にも触れさせたくない。でも、引き留めればきっとソフィーが困ることになるだろう。だから僕は我慢して君を送り出すよ。わが王国と、シャトール国の友好のためにね」
 最後の言葉にはかすかな皮肉がこめられていた。国民のあずかり知らぬところで勝手に始まり、そして終わった戦争。その「仲直り」のために大事な恋人を利用されるのは、決して気分のいいものではない。
「こっちへおいで、ソフィー」
 ハウルは窓辺にソフィーを招くと、正面の椅子に座らせた。手袋をはめた彼女の両手をとり、真剣な面持ちで見つめ合う。
「もし、隣国の誰かが君の意に沿わないようなことをしたら、僕がすぐにでも飛んでいって懲らしめるよ。その男がどんなに偉くたって構いやしない。魔法でそいつをカボチャにでも変えてやるさ。ハロウィンにうってつけだしね」
 真面目な顔でそんなことを言うので、ソフィーはつい吹き出してしまった。ハウルはきょとんとした目をして、どうして笑うんだい、と不思議そうに顔を近づけてきた。

「メヌエットが始まります。マドモアゼル、私と一曲いかがですか?」
 シャンパンを片手にあくびをこらえていたソフィーは、はっと振り返った。仮面をつけた金髪の紳士が、形のよい唇に微笑をたたえて彼女に手を差し伸べていた。
 日没後、用意された馬車に乗って王宮へやってくると、国王の侍従に導かれた先は広大な仮面舞踏会の会場だった。身分が高く近寄りがたい人ばかりが集められているとみえ、入ってきたソフィーには誰一人として目もくれない。にもかかわらず付き添い人もなく、そのままおいてけぼりにされた。仕方がなく、華やかな会場の片隅で親切な給仕が運んでくるシャンパンをちびちび飲みながら、踊る人々をぼうっと眺めて暇を持てあましていた矢先のことだ。
「ごめんなさい。あたし、ダンスは苦手なんです」
 ソフィーの口から、とっさに本音が飛び出していた。すると紳士が爽やかな笑い声をあげた。
「そうおっしゃらずに、こちらへいらっしゃい。今夜ここにいる者は皆、両国の親善のために招かれたのですから。私達も、親睦を深めようではありませんか」
 掃除や洗濯など一度もしたことがないだろうきれいな手が、ソフィーの手をとって立ち上がらせた。ソフィーは拒むに拒めず、導かれるままにダンスホールの真ん中まで躍り出る。頭上の見事な天井画とシャンデリアを、痛くなりそうなほど首を反らして見上げた。
「王宮って本当に豪華なのね。あの天井画、見ていると吸い込まれてしまいそう」
「わが国の宮殿にも、ああいう絵はたくさんありますよ。けれどあの天井画は、確かにまごうことなき名画ですね」
 物腰柔らかに紳士が言う。ひけらかしているわけではなく、ありのままの事実を言っているだけのようだ。
「ソフィーさえよければ、是非ともいつかシャトール国へ。私が暮らす宮殿にもいらしてくださいね」
 ソフィーのステップがとまった。
「あたしをご存知なの?」
「もちろん存じ上げていますよ。恩人のことを、忘れるわけがありません」
「──あなた、誰なの?」
「私ですか?──ああ、うっかり仮面をはずし忘れていましたね」
 紳士が仮面をとると、あらわになった顔にソフィーはあっと目を見開いた。
「私はあなたに助けられた、あのカブ頭のカカシ。本当の名を、ジャスティンといいます」
 隣国の王子は、優雅に腰を屈め、ソフィーの手の甲に親愛をこめたキスを落とした。片膝を床についたまま、きらきらと輝く瞳でまぶしそうにソフィーを見上げてる。
「ソフィー、あなたに会いたかった。こうしてまた会うことができてどんなに嬉しいか。──あなたに呪いを解いてもらったことを、父である国王陛下にお話しました。父上はたいそう喜ばれ、世継ぎの私が無事に戻ってきた以上、インガリー国との戦争はもはや無意味だと。ソフィー、憎むべき戦争が終わったのは、あなたのおかげだ。あなたは、両国の架け橋なのですよ」
 ソフィーはこそばゆくてつい、王子から顔を背けてしまう。
「あたしはただ、カブを……大事な友達を失いたくなかっただけよ」
「ああ、ソフィー。あなたはなんて心の優しく、美しい人なんだろう」
 ジャスティン王子は愛おしそうに目を細めた。
「ソフィー、どうかこれだけは言わせてください。私はあなたのことを、心の底から愛しています。私の呪いを解き、いまわしい戦争を終わらせてくれたあなたのことを。──けれどソフィー、あなたには魔法使いハウルという恋人がいる。だから私は、父上やインガリー国王が望むように、あなたに結婚を申し込むことはしません」
 ソフィーはこれまで受けた待遇の意味するところがようやくわかり、目の前が真っ白になった。「お見合いパーティー」というハウルの言葉には半信半疑だったのに、まさかソフィー自身までその策略の内にあったとは。
「ジャスティン王子とあたしが、結婚?」
「国王という方々は、時として実に短絡的なものの考え方をなさるのです。シャトール国の王子である私と、インガリー国民のあなたが結婚すれば、両国の友好を他国に知らしめることができるとお考えになられたのでしょう」
 王子はそっと溜息をつくが、不安げな面持ちのソフィーを安心させるように優しい笑顔を浮かべた。
「でも大丈夫。私は、愛する人の意に沿わないことはしたくはありません。あなたがあの魔法使いを誰よりも愛していることは、よく知っていますからね」
 そしてちらりと視線を横に動かし、誰かに向かって片目を瞑ってみせた。不思議に思ったソフィーが彼の視線をたどると、その先には、彼女に何度かシャンパンを運んできてくれた若い給仕の姿があった。
 さっきまでは帽子のつばに隠れていて見えなかったが、近づいてきたその顔はまぎれもなく、魔法使いハウルその人のものだった。
「ついてくるなら、言ってくれればよかったのに!」
 ソフィーのぼやきに、悪びれもなくハウルは肩を竦める。
「仕方がないだろう?表立ってついていくわけにはいかなかったんだから──」
「ハウル、あなたはきっと私のことを察していたのでしょうね。だから気が気でなくて、近くでソフィーを見守っていたのでは?」
 ハウルは恋敵を一瞥し、にやりと不敵な笑みをちらつかせた。
「たとえ国王陛下の命令であったとしても、もし君とソフィーが結婚させられるなんてことになれば、ここからソフィーをさらってどこまでも逃げる覚悟だったさ」
「あなたが本気になれば、きっと逃げ果せたでしょうね。……押しても引いても、どのみちソフィーは、あなたのものになっていたということだ」
 王子の声には隠しようのない寂しさがにじんでいた。ハウルはそれを感じ取ったのだろう、二人のあいだで板ばさみになって所在なげにしているソフィーの肩を抱き、王子からは顔を背けた。
「心変わりは人の世の常、なんて思わせぶりなことを言ったのは君だ。本当にソフィーを奪われるんじゃないかと心配したよ」
「ええ。けれど、ソフィーの心は変わることなどないのだと気付かされましたから」
「──とにかく、隣国の王子をカボチャに変えずにすんでよかった。そんなことをしたら、さらなる外交問題に発展しかねなかったからね。陛下からもサリマン先生からも恨まれるところだったよ」
「カブの次はカボチャですか?私はもう、呪いはこりごりですよ」
 カカシにされていた時のことを思い出したのか、ジャスティン王子は眉をひそめた。が、何かいいことが頭に浮かんだらしく、すぐに相好を崩した。
「ハウル、今この場で私をカボチャにしてくれてもかまいませんよ。さあ、どうぞ」
「──どういう風の吹き回しかな?」
 元カブ頭のカカシは、夢見るようなまなざしで愛する人を見つめている。
「何に変えられてもいい。愛する人のキスで、何度でも呪いは解けるのだから──」
 魔法使いが早々と恋人を連れ帰ってしまったことは、言うまでもない。


 いつの日かのように、手に手をとって、空を散歩しながら家路についた。あの時はすがすがしい青空を二人で踏みしめたが、今日は宝石のような星の散らばる紺碧の夜空だ。
 ドレスが空気をはらんで膨らむのを楽しみながらステップを踏むソフィーを、微笑ましく眺めていたハウルは、ふとあることに気付いた。
「そういえばソフィー、僕はひとつ君に言い忘れてたことがあったよ」
「言い忘れてたこと?」
 横を向いたソフィーの唇を、小首を傾げて顔を近づけたハウルがそっと塞いだ。一瞬呼吸を忘れたソフィーは、けれどすぐにその味に酔いしれて、ハウルの首に抱きついた。
 サファイアの瞳が、すぐ目の前にある。この星空と彼の瞳、そのどちらもいまこの瞬間は、ソフィーだけのもの。
「大好きよ、ハウル」
「僕も、君のことを愛してる。この世界の誰よりも。だから」
 魔法使いはもう一度、一番星に祈りを託すように、彼女の唇に触れるだけのキスをする。
 いつしか二人の周りで、いくつもの流れ星が尾を引きながら瞬いていた。

「ソフィー。どうか、僕の奥さんになって、ずっと僕のそばにいてください」





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