※死ネタ・ダーク
まがいものと知りながらも、魅了された。
遺髪と遺灰からつくったそれはいわば偶像。生前と寸分違わぬ姿であっても、彼が愛した「真宮桜」そのひとではない。
それでも死神は、美しい偶像に心奪われ、そばに置いて愛でずにはいられなかった。
生きていたころの彼女にしたように。血の通わない手を握り、白く冷たい頬に触れ、物言わぬ唇に口づけせずにはいられなかった。
形ばかりを追い求めるのは虚しいことだ。──皆そうやって綺麗事を言う。
亡くした人の偶像を作ったところで、魂が伴わなければそれは中身のないぬけがらに等しいのだ。──などともっともらしいごたくを並べる。
愛する人との思い出だけで生きていける。乗り越えられない苦しみなどない。埋まらない喪失感も時がいつか癒してくれる。
──彼らは一体何を言っているのだろう?
死神の彼にはそういった前向きな考え方が理解できない。
生きていけるはずがないだろう。乗り越えられるわけがないだろう。癒やし?埋め合わせ?そんなものはどこを探したってありはしない。
彼女を残したまま、非情にも一人歩きしようとする時さえも、恨めしい。
どれほど周りに説得されても、彼はかたくなに偶像を壊すことを拒みつづけた。
ある時、キスが偶像に生を吹き込むことを彼は知った。
彼が唇を寄せるたびに、偶像が少しずつ体温をもつようになった。冷たい手にはかすかな温もりが、白い頬には血の気が感じられるようになった。
奇跡のような出来事だった。後先考えずに、彼は愛しい存在にたくさんのキスをした。
偶像は死神の寿命を吸収した。乾いた土が水を取り込むように。美しい花が養分を吸い上げるように。変化は目覚ましく、そのうちぎこちなくはあるが、会話をしたり、表情を変えるようにまでなった。
かわりに寿命を与え続けた死神には、みるみるうちに死相が表れ始めた。
「六道くん」
少し前までは、偶像がじっと椅子に座っていたのに、今ではりんねが椅子から動けずにいた。短いあいだに、立場がすっかり逆転してしまった。
「──真宮桜」
椅子の背に力なくもたれ、弱々しく笑う彼。本当は目を開けているのも億劫だった。それでも、彼女の姿を目に焼き付けることで得られる幸福は、その苦労を補ってあまりあるものだった。
「もっと、こっちに来てくれ。さあ」
偶像の頬に触れ、唇を寄せようとする。
「だめだよ、もう、これ以上はやめよう?」
触れるぎりぎりで、偶像が彼の口元を手で覆い、首を振った。死神は目を細めて、そっと、それこそ壊れ物を扱うように優しく、偶像を抱き寄せた。
「お前が歩く姿を、見たいんだ」
「だめ──」
「きっとそのうち、走ることだってできるようになるさ。前のように、きっと。──憶えているか?お前はリレーの選手に選ばれるくらい、脚が速かったんだ」
彼女は何も答えない。悲しげな目をして見つめ返してくるばかりだ。
彼の顔からも笑顔がはがれ落ちた。
「──頼む」
頼むからどうか、言うとおりに。
噛んだ唇がぶるぶると震え出す。あの日以来、底冷えがとまらない。
「もう、二度と俺の目の前から、消えないでくれ」
二度とどこにも。ひとりきりで、置いて行ったりしないで──。
泣きはらしたわけでもないのに、彼の目は赤い。涙を流してはじめて、人は彼が泣いていることに気付くのだ。
偶像が彼の首に縋りついた。まがいものの身体とは思えないほど、それは柔らかく温かかった。彼は嗚咽をこぼした。できることなら永遠にこうしていたかった。
「六道くん、私を壊して」
同じ顔、同じ声、けれどもうはるかに遠い存在。
彼女もまた切実だった。
「お願い。手遅れにならないうちに」
手遅れ?
恋におちた時点で、きっともう後戻りなんてできなかった。
「早く。早く壊して」
「どうしてそんな、ひどいことを言うんだ」
声がつまった。彼女を壊す、そんな恐ろしいことは口にすることさえはばかられるのに。
「お前がこうして目の前にいる。どれだけ嬉しいか、どれだけ幸せか──わからないのか」
わかるよ、と偶像は囁く。
夢にまで見たあの声で。
「わかるから、だから『さようなら』を言うんだよ──」
かすめるように唇を触れ合う。最初で最後の、彼女からのキス。
余韻に浸る間さえなかった。抱き締めた身体は一瞬で消え去り、感触をなくした指の間からさらさらと砂がこぼれ落ちた。
偶像は命を満たした。そしてみずからの意志で、死神の寿命を愛する人に返したのだった。
あるべき姿に、形のないただの灰に還るために。