水面が揺れている。千尋は汀にしゃがんだまま、じっと川底を観察していた。
 銀に光る小魚が群れをなして泳いでいる。水草がゆらゆら漂っている。透き通った水がすがすがしい綺麗な小川だ。名をコハク川といい、千尋のお気に入りの遊び場だった。
「やあ。また来たんだね」
 気づけば隣に少年が座っていた。いつも唐突に現れる千尋よりほんの少し年嵩のこの少年は、なんでもこの川の主【ぬし】なのだという。といっても幼い千尋には「主」がなんのことかよく分からないので、ただ「コハク」とだけ呼んでいた。
「コハク、コハク」
「どうしたの、千尋」
 千尋に袖を引かれて、コハクは首を傾けた。千尋が内緒話のように声をひそめて、
「へんなあたま」
 と囁いてきた。コハクはきょとんと目を丸め、それから可笑しくなって笑い出した。
「これはね、みずらと言うんだよ」
「みずら?」
「そう。子どもの神は、こういう髪をすることが習わしなんだ」
「ならわし?」
 コハクは千尋の髪に触れて、逆に聞き返してきた。
「千尋の髪型は、なんと言うの?」
「ツインテール。おかあさんが、むすんでくれたの」
「ふうん。とてもかわいらしいね」
 千尋はコハクにぴったりとくっついて離れない。コハクは時おり指を動かして、水面から魚をはね上げたりして、千尋を楽しませた。
「そろそろ戻ったほうがいいよ。お母さんが探しに来る頃だから」
 小さな子どもが一人でいられる時間はそう長くはない。千尋は名残惜しそうにしながらも、尻をはたいて立ち上がった。
「あのね、コハク」
 千尋の小さな手がコハクの一糸乱れない結い髪に触れた。
「おおきくなったら、コハクのかみ、むすんであげるね」
「本当に?」
 コハクは嬉しそうに笑う。
「ではその時には、お返しに、私も千尋の髪を結んであげようね」



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