「何を読んでいるの?」 水中人が棲むという湖のほとり、木の幹にもたれて読書していたスコーピウスは後ろを振り返った。同学年のローズ・ウィーズリーが好奇心をあらわに読みかけの本を覗いてくる。 「『マーミッシュ語の基礎文法』」 「そうだよ。少し勉強してみようかと思って」 「難しい言葉だそうじゃない。どういう風の吹き回し?」 育ちのいい少年は大声をたてて笑うことはしない。ふふ、と物静かに微笑んでみせた。 「こうしてここで君を待つあいだ、マーピープルとお喋りをして時間をつぶすのもいいかと思ってね」 「あら。それは待ち合わせに遅れがちな私へのあてつけかしら?」 「そういうつもりはなかったよ」 隣にローズが座ると、スコーピウスは読みかけのページにしおりを挟んで本を閉じた。苦労を知らないお坊っちゃんの手は綺麗ね、とローズがぼんやりその手を見ていると、 「君がどれほど素敵な女の子か、この湖の住人にも教えてあげたくて」 不意打ちの発言だった。ローズの頬がばら色に染まるのに、スコーピウスは臆面なく笑いかけてくる。気障なことを言っている自覚はまるでないらしい。日焼けも荒れも知らない綺麗な手がローズの手を取り、敬意と愛情をこめたキスが、彼女の手の甲に落とされた。 「『愛してる』を、彼らの言葉でなんと言うか、君は知っている?」 back |