花嫁御寮  12:過去と未来



 三界町に建てた一軒家に、十文字夫妻が帰ってくることはごく稀だ。仕事柄、夫婦揃って日本全国を転々とまわることを必要とされるため、せっかく自宅に戻ってきても一週間と滞在できないことが多い。
 大学を卒業し、両親のように一人前のお祓い屋として本腰入れて働き始めた翼は、もっぱら広い家での独り暮らしを満喫していた。
 もちろん一人前のお祓い屋といっても、家族経営であることに変わりはなく、独り立ちはしていない。両親はまだまだ現役で、翼もようやく学生から家業のお祓い屋に本分を移したというわけだ。基本、自宅に舞い込む電話や手紙での依頼を受け、案件によっては翼自身が赴いて対応する。もし依頼人が遠方住まいの場合には、フットワークの軽い両親に回したりした。こうして一家三人が連携をとり、案件をさばいていくのだ。
 同業者は多くいるが、翼の両親はこの業界では一目置かれる存在だった。夫婦とも腕が良く、依頼人からの評判もいい。だからこそサラブレッドの翼にかかる期待も大きい。いずれは十文字の名を背負って立つ身として、両親の仕事を手伝いながらも着実に場数を踏み、経験を積まなければならない。


「この箱はここで大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。手伝わせちゃってごめんね」
「全然。まだ下に残ってるだろうから、持ってくるよ」
 翼は部屋の隅にダンボール箱をおろし、中をぐるりと見渡した。昨日まではがらんとした空き部屋だったはずが、今はもう家具が置かれ、カーテンも引かれて見違えるように華やいでいる。今日からここは桜の部屋になるのだ。
 結婚後、桜と暮らす新居は当面この家になるだろう。いや、ひょっとするとこの先ここから動くことはないかもしれない。何よりも家賃がかからずにすむし、二世帯住宅にするにしても十分な間取りだ。それに両親も、家を空けておくよりも誰か居てくれたほうがいいからと、二人が同居することに大賛成だった。
「安心してちょうだい。私達は年に数回帰ってくる程度だし、新婚さんの邪魔はしないわよ。でもそうね、せっかくだから、年末年始くらいはみんなで集まってお祝いしましょうね。できれば、クリスマスも」
 電話越しに、陽気に笑いながらそんなことを言ってくる母親だった。翼のイベント好きは、母方から受け継いだ気質かもしれない。
 同居するのは挙式後ハネムーンから帰ってからにしようと言っていた桜が、どういう風の吹き回しか今日、十文字家に引っ越してきた。翼が心変わりの理由をきいてみると、桜はこう答えたのだ。
「お義母さんみたいに、私も早く翼くんのお手伝いをしたくて。電話番くらいしかできないかもしれないけど、これから先も、何かしら力になれたらいいなって思うの」
 その真心を翼は素直に喜んだ。人目もはばからず、つい嬉しいことを言ってくれる桜を抱き締めてしまったほどだ。
「ありがとう。きみが居てくれるだけで、百人力だよ」
 桜は珍しくはにかんだ様子で、おとなしく腕の中に収まっていた。
 これから毎日、四六時中彼女と顔を合わせていられると思うと、階段を下りる翼は自然と足取りも軽くなる。結婚に関しては、どことなく無理をさせているような気がしていただけに、こうして桜が二人の未来に前向きな態度を示してくれることがたまらなく嬉しかった。
 桜がそう簡単には過去を忘れられないことは理解している。焦ることはない、と翼は思う。今、彼女の隣にいるのは彼ではなく、自分なのだから。
 大切なのはこれまでではなくて、これからだ。
 時間をかけてゆっくりと、築き上げていけばいい。




To be continued
 
back




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -