夏色少女


 三界商店街では町おこしと称していつも何かしらの行事が催されている。区内の小中高の大半が夏休みに入った今週末は、小規模ながら夏祭りが企画されていた。
 りんねはというと、同級生たちのように夏休みにはいったことを喜んでいる暇もなく、ここがかきいれ時とばかりに死神稼業に励んでいる。暑い中大変だねと桜は同情を寄せてくれるが、なにせここしばらくの猛暑続きでクラブ棟が熱帯地獄なので、むしろ外に出て冷房設備の利いている施設なんかをうろうろしているほうがよっぽど避暑できそうだ、と思っている彼だった。
「今日も暑いですねえ、りんね様」
 貰い物の団扇をぱたぱたとあおぎながら六文がぼやく。窓を開けて、少しでも風通しをよくしようと試みながら、りんねは返した。
「今日は夏祭りだ。ひょっとすると、依頼が舞い込んでくるかもしれんぞ」
「そう願いたいですね。りんね様、もし儲けが出たら、出店のかき氷でも食べましょうよ!」
 きっとおいしいですよ、と目を輝かせる黒猫。りんねもつい、ひんやりと冷えたかき氷をすくう自分の姿を想像して、うっとりと恍惚の表情を浮かべる。
「そうだな、きっと、そのくらいの贅沢は許されるはずだ。もし儲けが出たら、の話だがな」
「そうこなくっちゃ!──じゃ、ぼくは早速、情報収集に行ってきますから。りんね様は依頼人が来ても大丈夫なように、お留守番しててくださいね」
 言うがはやいか、六文は小回りのきく子猫の姿に転じて、さっさと出ていってしまった。彼のかき氷にかける情熱は本物らしい、とりんねは思わず感心してしまう。
 まだ朝だというのに入ってくる風はすでに生ぬるく、じっとりと肌に絡みついてくる。クラブ棟の周りにそびえる木々からはさかんに蝉しぐれが降りそそいでいた。窓の向こうに広がる空だけが涼しげで、冷えきったクリームソーダのように爽やかな色をしている。暑さのせいで空高くのぼれずにいる雲が、地平線のあたりからもくもくと湧いている。あれがアイスクリームで、時間が経つにつれて、だんだんとソーダの青に溶けていくのだろう。
 かき氷もクリームソーダも、最後に飲み食いしたのはいつだったか。夏の風物詩だといって、おじいちゃんがよく買ってくれたっけ──。
 窓辺で頬杖をついて思いを馳せていると、ふいに窓枠からひょっこりと顔が覗いた。麦藁帽子をかぶった桜だ。驚いて目を見開くりんねの鼻先に、彼女が何かを差し出した。しっとりと汗をかいたラムネ瓶。
「おはよう。今日も暑いね、六道くん」
 天使、もとい真宮桜が笑う。夏空によく映える眩しい笑顔。
「さっき六文ちゃんとすれ違ったよ。六道くんは、今日はお留守番?」
 扇風機のひとつもないことを申し訳なく思いながら、いつものように中に招き入れた。今日の差し入れは、冷やし中華だという。またも彼女の母親が作りすぎてしまったらしい。いろどり鮮やかな冷やし中華は、氷がまだとけきらずに残っていて、よく冷えてとても美味しかった。
 食べ終わってからも、他愛もないことを話していると、桜がふと腕時計に視線を落とした。
「じゃあ、私そろそろ帰ろうかな。宿題もあるし」
 え、もう帰ってしまうのか。りんねは時計を見ようとして、そもそもこの部屋にそんなものはないことに気付く。楽しい時間はあっという間だ。
「依頼、来るといいね。お仕事がんばってね」
「あ、ああ」
 施すだけ施して、彼女は帰ってしまう。なんとなく物足りないと思ってしまうのは、身の程知らずだろうか?もらいっぱなしな側でありながら、もう少しだけ一緒にいてくれ──とは言いがたいけれど。それでも迷った挙句、口にした言葉が、
「今夜、一緒に夏祭りに行かないか?」
 だった。
 ドアノブに手をかけたまま、桜が振り返った。意外、といった顔だ。
「夏祭り?」
「商店街で今夜、あるだろう。もし、予定がなければ」
 ううん、とくにないよと彼女は笑った。
「いいね、夏祭り。私も実は行きたいって思ってたんだ。せっかくだから、ミホちゃん達も呼ぼうか?」
 携帯を手に取る桜に、りんねはあわてて捲し立てた。
「いや、誰も呼ばなくていい。できれば、その、二人きりで行きたいんだ」
 ちょっと仕事したら、花火を見て、一緒に出店のかき氷でも食べよう。今日くらいは、奢るから──。
 自信がなくなってきて、声がだんだんと尻すぼみになっていく。いつも一緒にいるのに、今更これくらいのことで、気をもむこともないだろうに。
 鈍感な彼女がやっと、そのお誘いの意図に気付いてくれたらしい。ドアを開けて、生ぬるい夏風にワンピースの裾を揺らしながら、確かめるようにきいてくる。
「六道くん。これって、もしかして、デートのお誘いかな?」
「……そう思ってもらっても、かまわない」 
「ふうん」
 沈黙。でもやはり白黒はっきりしておかないと、後悔しそうだ。
「いや、むしろそういうことなんだ」
「じゃあ、そういうことにしておくね」
 声が重なった。
 麦藁帽子をおさえて、彼女は笑う。一枚の絵にして飾っておきたいような、翳りを知らない真夏の一瞬。
「また、後でね」
 今日も暑い一日になりそうだ。




2015.07.25 かき氷の日
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