宵祭り


 陽気な祭囃子が辺りを取り巻いている。提灯の明かりがぼんやりと灯り、その下で夏の装いを凝らした人々が行き交っていた。
 日没を待って、あすの花火大会本番をひかえての宵祭りは始まった。片田舎の行事にもかかわらず、会場には人がごった返しており、どうやら参加者が地元民だけではないらしいことがうかがえた。
 赤提灯の連なる出店街へ、金魚の尾ひれのように兵児帯を揺らして、千尋はわくわくしながら駆け出していった。
 ヨーヨー釣りに金魚すくい、綿飴にかき氷、夏祭りには子供を楽しませてくれるものがたくさんある。出掛けに母親からもらったお小遣いと、こっそり持ってきたへそくりをあわせれば、それなりに充実した祭りを満喫できるだろう。
「千尋は走るのが早いね。人も多いし、見逃してしまうかと思った」
 隣り合わせのかき氷屋と林檎飴屋を両天秤にかけていると、追いついてきたハクがさりげなく千尋の手を握った。完全に食べ物に気を取られていただけに、不意打ちだった。千尋は驚いて顔を赤らめ、二人の間の距離をあけようとする。
「わたし、今、手に汗かいてるから……」
 けれどそれであっさり手放す彼ではなく、むしろしっかりと握り直してしまう。
「今度は離れていかないように、ね」
 綺麗な笑顔で返されてしまっては拒むに拒めず、せめてこれ以上手に汗をかかないよう願うしかない千尋だった。
 もじもじしている千尋の手を引いて、ハクがかき氷の出店の前に立った。いちごとブルーハワイを注文し、千尋があわてて巾着を探っているうちに、さっさとお金を払ってしまう。
 それぞれ赤と青のかき氷を手に、座れるところを探して歩いた。ところどころに席は設けられているものの、なかなか空きがなく、結局大きな杉の木の下に座り、蜩の声をききながら食べることにした。
「冷たくておいしいね」
 しゃくしゃくと氷をつぶしながらご機嫌な千尋が言う。ハクはじっとその顔を覗きこんで、ふと破顔した。
「千尋、口を開けてみて」
「どうして?」
「舌がおもしろいことになってる」
 言われるまま口を開けてみる。するとどことなく悪巧み顔のハクが近づいてきて、どきりとしたのもつかの間、無防備な唇を塞がれてしまった。
「ン──!」
 冷たい舌がからんだのはほんの一瞬、すぐに離れていく。
 千尋は眩暈を起こしそうになっている。なのにこの美しい人外の少年には、やましいことをしたという自覚は微塵もないらしい。薄い唇を舐めながら、暢気に二つの食べかけのかき氷を見比べたりしている。
「千尋のかき氷もおいしいね。私も今度はいちご味にしてみようかな」
「──ハク!」
 



2015.07.25 かき氷の日
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