泡沫を悟る


 友達になろうよ。親しみをこめた眼差しで真正面から彼女を見据える彼。彼女の答えを待つことなく、言葉を継いだ。
「りんねくんの友達はぼくの友達だ。だから真宮桜さん、りんねくんの友達のぼくの、友達になって」
 彼の友達同士、仲良くしよう。
 求められて握手をする。桜は手のひらに、死神のひやりとした体温を感じている。あまり心地のいいものではない。すぐに手を離そうとした。だが相手がより一層力をこめて握り締めてくる。引いても引いてもびくともしない。
 目と目が合った。
 死神の目は、笑っていない。
「こうやって──」
 一呼吸おいて、彼が訊ねてきた。
「りんねくんはこうやって、きみの手を握るのかい?」
 カア、カア、鴉が頭上で鳴いている。
 現世はもうじき逢魔が刻。
 彼女に静かな敵意を向けるこの死神も、まるで死の国からやってきた魔物のようだ。
「私と六道くんは、ただのクラスメートだよ。こうやって手を繋ぎ合うような、そういう仲じゃないの」
 嫌だ嫌だと子供がぐずるように、沫悟が左右にかぶりを振る、切りそろえられた黒髪がさらさらと揺れる。
「きみが彼をどう思ってるかは知らない。けれど彼は、きみに恋をしているよ」
「そんなこと、本人じゃなきゃ分からないよ」
「分かるよ。そばで見ていればすぐに。だって、ぼくは彼の親友だから」
「私も、六道くんの友達だよ」
「じゃあ、分かるだろう?」
「──分からないよ」
 今度は彼女が首を振る番だった。
「そばにいても、彼の気持ちは全然分からない」
 遠く地平線に沈んでいく赤い太陽。
 苛々する、と死神は悪態をつく。
 その直後、気まぐれにその人間の女子に手を伸ばした。華奢な肩に触れ、背中へと手を滑らせ、そのまま自分のほうへそっともたれさせる。
「りんねくんは、きっときみのこと、こうしたいと思っているよ」
「そんなこと、ないよ」
「強情だね。いい加減認めたらどうなんだ?きみが、きみだけが彼に想われてるってことを」
 彼の頭の中はきみのことでいっぱいなんだよ。彼を独り占めできるのはきみだけなんだよ。手を繋ぎたいと夢想するのも、抱きしめてみたいと願うのも、きっときみだけだ。
「認めろよ」
 浅ましい。こんな感情は、泡みたいに弾けて消えてしまえばいいのに。




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