回帰
「変わらないのは、この眺めくらいだな」
防波堤に座った真魚がぽつりと呟いた。水平線の彼方から届く潮風をあびて、長い黒髪がつややかになびいている。
数十年ぶりに訪れた海沿いの街は以前とは様変わりしていた。昔ながらの家屋はすっかり取り壊され、近代的なレジャー施設に取って代わられたらしい。
昔、宿なしの二人に世話を焼いてくれた善良な住人達は、もうどこにもいない。おそらく立ち退きを余儀なくされたのだろう。
あるいはとうに年をとり、この世の人ではないのかもしれない。
わからない。
永遠の生を歩む真魚には、時間の感覚がわからなくなるときがある。
「いや、変わらないものがまだあるぞ」
そんなとき、湧太はいたずらっぽく笑って真魚の頭に手を載せるのだ。
「真魚、おまえは昔もここに座って、そうやって弁当をかっこんでただろ?」
真魚は口の端に米粒がついていることに気づいて、あわてて顔を背けた。
「かっこんでなんか、いない!」
「真魚の大食いはいつまでも健在だよなー。稼ぎがいがあるってもんだ」
大口を開けて湧太が笑う。
そういうやりとりを繰り返すうちに、いつのまにか真魚の心は鬱屈を忘れ去るのだった。