児戯の続き


「犬夜叉。お前はなぜ、木に登る?」
 脈絡のない問いかけに、少年は眉根を寄せた。彼女が口火を切るまで、むずむずするような沈黙がどれほど続いただろう。馴染みの巫女は、寡黙で、どうもあつかいにくい女だった。 
「お前はよく木の上にいる。そこから、何を見ている?」
 けっ、と犬夜叉は鼻じろむ。ひそかに待ちわびた第一声が、お前はなぜ木に登る、とは、どういうことだ。期待はずれもいいところだ。相も変わらず、この巫女の考えは読めない。
「どこにいようが、何を見てようが、俺の勝手だろうが。桔梗、お前に教えてやる義理はねえ」
 水干の袖に両手を差し入れたまま、プイとそっぽを向く。
 むろん、桔梗はこの程度でひるむような薄弱な女ではない。
「犬夜叉、何を拗ねている?」
「拗ねてねえ」
「いや、拗ねている。こっちを向いてご覧?どこか痛むところがあるなら、私が見てあげよう」
 ガキ扱いするな!と、ムキになって振り向いた。桔梗の顔が、存外すぐ近くにあって、犬夜叉はつい息をのんでしまう。桔梗の涼しげな目元がゆるみ、薄く赤い唇がふ、と優しい微笑を形づくる。人々に害をなす物の怪を滅するために破魔の矢を射る、あの容赦のない巫女の表情とは、まるで違う。まだ少女の面影を残した、けれど確実に大人の女にうつろいつつある、桔梗本来の表情だった。近頃、犬夜叉がようやく知りつつあり、そして、慕わしいと思いつつある、ありのままの彼女の姿。
「お前が何を見ているのか、知りたかった」
 桔梗、と意味もなく名を呼ぶ。桔梗は小首を傾げて、汚れのないまっすぐな瞳で犬夜叉の顔をのぞき込んでいる。
「お前の目にとまるもの。お前の心を占めるもの。──私も、それを見てみたいから」
 犬夜叉は、両手でぱっと顔を覆ってしまった。みっともなく赤面しているのを、いつも涼しげな顔をしている桔梗にだけは知られたくなかった。
「い、今は、何も見ちゃいねえ!」
「ああ、そうだな」
 桔梗がくすくすと笑う。「では、私もお前のまねをしてみよう。今、お前の目にとまるものは、闇。お前の心を占めるものも、闇ならば──」
 こっそりと、犬夜叉は指のあいだから桔梗を覗き見てみる。彼女は律儀にも、両手でしっかりと目を覆い隠していた。まるで遠い昔に、在りし日の母と興じた児戯の続きをしているようで、犬夜叉は我知らず、なつかしさに眉を下げる。つねに警戒心を怠ることのない、抜け目のない女。なのに、妙なところで可愛げがあるのが、桔梗という巫女だった。
「犬夜叉、どこにいる?」
 少し躊躇したものの、勇気を振り絞って、犬夜叉は目隠しをしたままの桔梗を、自分の方に抱き寄せた。桔梗は一瞬、ぴくりと肩を揺らすが、袖に包まれると安心したのか、おとなしくなすがままにされた。
「俺はここにいる。桔梗、お前のすぐそばに」
 彼女のすべてが、彼の心をひきつける。どこにいて、何をしていても、心だけはつねに共にあるのだ。





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