Good boy


 孫は聞き分けのいい子だったが、一度「こうする」と言い出したら、なかなか意思を曲げようとしない頑固さをもっていることも知っていた。
 魂子は箸をきちんとそろえて、箸置きにもどす。向き合って座っている夫が、老眼鏡の奥の目を細めて静かにその動作を見守っている。幼い孫は子供用の小さなスプーンを握り締めたまま、隣の祖母をまっすぐに見つめていた。舌っ足らずな声でもう一度、同じことを繰りかえす。
「しにがみのがっこうに、いきたい」
 祖母譲り、父親譲りの赤い目が、磨きたてのルビーのように輝いている。 「おれ、しにがみになる」
 咄嗟に言葉をかえすことができずに、魂子は孫を見つめ返した。
 ──正直なところ、ずっと人間界で養育してきた孫を、死神にする気はなかった。普通の人間の男の子として、手塩にかけてなるべく大事に育てようと思っていた。それは、過去の戒めでもあった。幼い頃から人間界と死神界の二重生活を送らせたすえに、どこかで転落してしまった、あの放蕩息子。その轍を、孫には踏ませたくなかった。なのに──。
 彼女が答えに窮していることを悟った夫が、助け舟を出してくれた。
「りんねは、どうして死神になりたいんだろう?おじいちゃんに、教えてくれるかい」
 普段は何を考えているのかよくわからないような、子供らしからぬ醒めた目でいることの多い孫が、このときばかりは熱のこもった眼差しをしていた。
「しにがみになれば、あっちにいるパパに、いつでもあいにいけるから」
 考えただけでわくわくしてくるのだろう、声が弾んでいた。祖父母のあいだで視線を往復させる孫。
「おじいちゃん、おばあちゃん、パパはいつかえってくる?おれ、ようちえんで、『ちちのひ』のえをかいたんだよ。じょうずにできたねって、ほめられたよ。こんど、パパにもみせたいな」
 健気な孫の訴えは、かけるべき言葉を考えあぐねる祖父母の胸をついた。孫の父親が、次にいつ帰ってくるのか?それどころか、彼が今どこで何をしているのかすら、両親である二人には検討もつかない。
 やはり、寂しい思いをさせてしまっているのだろう。父親も母親もいない家庭で育てられた孫。なのに今まで、ただの一度もだだをこねて二人を困らせた試しがない。
 子供らしからぬ聞き分けの良さ。
 その裏で、幼い孫にどれほどの我慢を強いてきただろう。
「おいで、りんね」
 祖父に手招きされて、りんねはおとなしく従った。祖父が彼の両脇に手をさしいれて、小さな身体をそっと抱き上げ、自分の膝の上に乗せる。りんねは、その胴に甘えるようにしがみついて、額を押し付けた。この子がこうして誰かにくっついていようとするのは、珍しいことだった。
「おじいちゃん」
「なんだい?」
「パパのことも、こうやってだっこした?」
「ああ。もう、ずっと昔のことだけどね」
「パパは、あまえんぼうだった?」
「うん。りんねよりも、ずっとね」
「じゃあ、いいこだった?」
 はは、と目尻に優しく皺を刻んで、祖父は笑った。孫の赤い髪を、そっと撫でてやる。
「いい子だね、りんね。パパもきっと、おまえのことが、大好きだよ」


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