天気雨


 天気雨は、狐の嫁入りだという。実家である日暮神社の神主をしている、かごめの祖父が教えてくれた。
 公園の砂場でショベルを片手に遊んでいたかごめは、青空から急にしとしとと降り出した雨をぼんやりと見上げながら、ああこれがじいちゃんのいっていた雨だ、と思った。お天道様が出てからりと晴れているのに、突然なんの前触れも無く地面にそそぐ雨。どこかで狐がきれいなお嫁さんになっているのかもしれない。
 作りかけの砂の城にぽつぽつと染みができていく。あたりに満ちる雨の匂いを鼻いっぱいに吸い込んで、かごめは立ち上がった。ひとり遊びにはいい加減飽きてきた。いつもは友達がたくさんいるこの公園が、今日はなぜか閑散としているのが不思議だ。おなかに赤ちゃんがいる彼女の母親が、産科の定期検診から帰ってくるまで、ここで大人しく待っている約束だった。とはいえ、もうじき帰ってくるはずだから、そろそろ家に戻ってもいいだろう。傘がないので、走らなくてはいけない。
 遊び道具を片付けていると、ふと背後に妙な気配を感じた。本人に自覚はないものの、神社の娘だけに人一倍気配に敏感なかごめは、だれか友達が来たのかもしれないと期待して振り返る。
 ビニール傘を差している青年が、しゃがんで目線の高さを合わせて、かごめを見つめていた。
 青年、といっても普通の人ではなく、異形のようだった。
 栗毛の長い髪を後ろでひとつに束ねている。着物に袴というやけに古臭い格好。目は青く、耳は尖っていて、おまけに五つに割れたふさふさの尻尾がついている。
「もう帰ってしまうのか?」
 かごめのバケツに詰め込まれた遊び道具をちらりと見遣りながら、つまらん、と青年が唇を尖らせた。話しかけられたことに驚いたかごめは咄嗟に「あなたは、きつねさん?」と質問で返してしまう。
 青年は尻尾を揺らして快活に笑った。
「ご明答。おらはのう、狐の妖怪なんじゃ」
「ようかい?」
「ばけもん、といえば分かるか?」
 かごめは、あっと目を見開いた。
「きつねさん、これからお嫁さんになるの?」
「は?」
「じいちゃんが、言ってたもん。お天気雨は、きつねの嫁入りだって」
 妖狐の青年も、かごめと負けず劣らずこぼれんばかりに目をみはった。
「おかしな娘じゃな。男がどうやって嫁入りするというんじゃ?」
 くすくすと笑いながら、彼はかごめの頭に手を乗せる。そのしぐさがとても優しくて、まるでずっと憧れていた兄ができたような心持ちになったかごめは、頬をかすかに赤らめた。
「嫁入りなら、ほれ。おらではなく、あの娘が」
 青年が指差した方を見ると、青白い炎につつまれたふしぎな行列が、雨の中をそぞろ歩いていた。先頭には提灯をもった二匹の狐が。その後ろには、白い花嫁装束に身を包んだ白狐が、介添えの狐やらを多く従えて続いていた。顔を上げた花嫁は、青年の姿に気付くと、赤い目元を細めて深々と頭を下げる。
 こん、こん、こん。 
 花嫁の言葉はかごめには分からない。青年は首をかしげているかごめの両脇に手を差し入れると、軽々と抱き上げた。またも驚かされたかごめは落ちないように、彼の首筋にしっかりとしがみつく。花嫁はちらりとかごめを一瞥すると、また、狐の言葉で何事かを呟いた。
「ああ。可愛い娘じゃろ?これはな、おらの想いびとじゃ」
 えっへん。得意気に胸をはる青年に、花嫁はおかしそうに袖で口元をおおう。
「気を付けてゆけ。何かあれば、おらがその若造を懲らしめてやる」
 花嫁は丁寧にお辞儀をすると、再び行列の中を歩き出した。雨の中に消えていく一行を見送りながら、かごめはすぐそばにある青年の穏やかな顔を見上げる。
「あの娘は、おらの孫なんじゃ」
「孫っ?きつねさん、あのお嫁さんのじいちゃんなの?」
「そうじゃ。若く見えるじゃろ?」
 にやにや笑いながら彼が頬を擦り寄せてきた。お兄さんどころかおじいさんだったなんてとても信じられない。頭が混乱したかごめは目を回した。見た目はどう見たって「お兄さん」なのに。
「かごめはいつ見ても可愛いのう。がぶっと噛みついて、食べてしまいたいくらいじゃ」
「──きつねさん、わたしを知ってるの?」
「おお、知っとるぞ。ずうっと前からな」
 頬にえくぼを刻んで、人懐っこい笑顔を浮かべる美貌の妖狐。
 その、ずうっと、という言葉が誇張でもなんでもないことを、年端のいかぬ少女には知る由もない。


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五百年後だから、五尾の狐、なのかな?笑
七宝にはなんらかの形で現代でかごめと再会してほしい!と思いました。

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