呪文



 いつどこでどんな霊に接するときにも、彼は落ち着いていた。なのに今、霊に会いに行くのが怖い、と彼は言う。
「どんな死神も一度は通る道だって。──おばあちゃんが言ってた」
 うん、と桜は意味のない反応をかえす。りんねが今、ただ彼女に話を聞いてもらいたいだけなのだということを知っている。
「今まで俺が扱ってきたのは、いわゆる死後案件だけだった。でも今日の案件は、これから迎えに行く人は、まだ──」
 桜の太腿に頭をあずけたまま、彼は海老のように背中を小さく丸めた。ここから梃子でも動かない、とでもいうように。
 彼女は彼の赤い髪をそっと撫でる。若手死神が一歩大人に近付くためのステップを、踏み渋っているりんね。彼の気持ちはよく分かった。桜も同じ立場なら、複雑な思いを味わっただろう。
「死にたくないって、言われるのかもしれないね」
「むしろすんなりと受け入れてもらえることのほうが、稀だろうな」
「でも、きっと、大丈夫だよ」
 りんねの頬にかかる髪を指ではらうと、桜は頭をゆっくりとおろしてその頬にキスを落とした。
「大丈夫。六道くんは、誰よりも優しい死神だもん」
 そうだろうか、と呟き返す死神は耳の先までその髪の色に劣らず染め上がっていた。



2015.07.11
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -