レディの約束 おばあさま、あのね。 わたしね、好きなひとができたの。 けれど、巫女は恋をしてはいけないとお師匠様に言われたの。 「私があなたのお師匠様に弟子入りしたら、きっと毎日叱られてばかりでしょうね」 くすくす、と巫女はおかしそうに笑う。 おばあさまと呼ばれたにもかかわらず、その姿は到底孫のいる年齢の女性のそれには見えない。あきらかに、二十歳にも満たない年若い娘のものだ。 だがその膝で泣きべそをかいている、まだ年端のゆかない巫女装束の美しい少女は、まぎれもなく、彼女が目に入れても痛くないほど可愛がっている孫娘なのだった。 祖母に優しく頭を撫でられて、娘がその膝からおずおずと顔を上げる。雪のように白い額を、切り揃えられた前髪が覆っている。意志の強そうな瞳は、黒みがかってはいるがかすかに琥珀色が混じっており、娘にわずかながら流れる人外の血をしのばせた。 「ねえ、ねえ、おばあさまも、巫女なのでしょう?」 「ええ、そうよ。巫女だけれども、おばあさまは恋をしているわ」 「おじいさまに?」 愛らしく小首を傾げる孫娘に、もちろんよ、と花のほころぶような笑顔で応える祖母。 「あなたも恋をしているのね?」 「はい。でも、おばあさま、お師匠様にはないしょにしてくれる?」 叱られたくないの、と肩を落とす孫娘に、祖母は片目を瞑ってみせた。 「もちろんよ。これは、レディの約束ね」 「れでぃ、って?」 「そうねえ、恋をしている女の子のこと、ってしておこうかな。あなたと、私みたいにね」 ちょうどその時、戸口からひょっこりと犬耳が覗いた。孫娘を溺愛しているのは、祖母だけではない。なかなか招き入れてもらえず、しびれをきらしたのだ。 「おまえら、二人きりで何を話してる?」 祖母と孫娘は顔を見合わせ、人差し指を口元にあてて、クスッと笑いあった。 「犬夜叉には内緒!──だって、これはレディの約束なんだもの」 2015.07.11 |