挨拶


 珍しいこともあるものだ、と老巫女は思った。
 あの妖怪は頻繁にこの村を訪れるものの、人目のつくところに降りてくることはまずなかった。自らは人気のない森の奥などで待ち、村へは使いの小妖怪を寄越して、お目当ての娘を呼び寄せる──それが常だった。
 だが今日は、いったいどうしたことだろう。まさに晴天の霹靂というべきか、こうして直接、巫女・楓の家を訪ねてきた殺生丸の姿があった。
「おぬしと顔を合わせるのは久しいな、殺生丸」
 大妖怪と称される存在に臆することもなく。隻眼の巫女は戸口にかかる菰を押し上げたまま、まるでお裾分けに来た近所の主婦でも出迎えるかのような気軽さで、彼に声をかけた。無論、殺生丸の氷のようなかんばせに変化はないが。
「りんならば若い女衆とちと出かけておるぞ。なに、そう遠くは行っとらんだろう。もっともおぬしの鼻がとうに嗅ぎ付けとるだろうがな」
 殺生丸の薄い唇は一文字に引き結ばれたまま、ぴくりともしない。すぐにりんを捜しに行くとばかり思っていたので、あてが外れた楓ははて、と首を傾げた。
「殺生丸、おぬしりんに会いに来たのではなかったか?」
 それ以外にこの妖怪が人里に降りてくる用向きなどあるまい。だが殺生丸は、意外にも首を横へ振る。
「今宵、私は」
 ようやく口を開いたかと思えば、短く言葉を切る。琥珀色に輝く目を瞑り、そして再び開いた。
「りんを。私の花嫁を、連れてゆく」



2015.07.11
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -