道端で見かけたあの子は静かに泣いていた。理由は知らないが、悲しそうな目をして涙を流していた。 「六道くんのおとうさんは、堕魔死神なんですよね」 「ああ、そうだよ」 「死を悼んだことは、ありますか?」 それは皮肉のつもり?と返すと、桜ちゃんはまだ涙をぽろぽろとこぼしながら、困ったような表情をした。 「おとうさんにも、泣くほど悲しかった出来事って、ありましたか」 「人間にも死神にも、泣くことくらいあるさ」 「そうですか。──こんな時に、六道くんがいてくれたらいいのに」 りんねはここ数日、若手死神の研修合宿とやらで死神界に缶詰状態らしい。奇妙なものだ。一番そばにいてほしい相手がいなくて、ぼくみたいに何の役にも立たないような男が、こうして今、この子の隣にいる。 「ご近所さんのお宅に、私が小さい頃から可愛がってた犬がいたんです。チロっていう名前の。子犬の頃、すごく可愛くて、近所の友達といつも遊ばせてもらってました。最近は年をとったせいか、元気がなくて。──昨日、老衰で死んでしまったみたいなんです」 そうなの、とぼくは慰めにもならない返事を返した。この子もぼくからいい反応は期待していなかったようで、はい、とだけ言ったきり口を閉じた。 ぼくは桜ちゃんの横顔を見る。白い頬をあとからあとから涙がこぼれ落ちていくのを見ていると、なんだかもったいない気がした。悲しみを、一度にたくさん消費するのは、あまりいいことじゃない。泣きたくなるほど悲しいことなんて、この先一度や二度じゃなく、きっと数え切れないほどやってくる。そのつど悲しんで、目を曇らせてばかりいると、人生を無駄にしてしまうんじゃないか。 「泣かないで、桜ちゃん」 ぼくは白い顔を覗き込んで、大きな目から転げ落ちた涙を、舌でぺろりと舐めとった。桜ちゃんは一瞬驚いたように目を丸めて、それからますます寂しそうな顔をした。 「やだなあ……おとうさん、子犬の頃のチロみたい」 「チロも、こうやって桜ちゃんを慰めてくれた?」 「転んで怪我したりすると、いつも。──とっても、やさしい子でした」 「そのやさしいチロは、桜ちゃんの泣いてる姿を見て、今どんな気持ちでいるだろうね?」 桜ちゃんは目を見開いた。ぼくはその小さな頭に手をのせて、小さな子供をあやすように撫でてみた。 嫌なこと、つらいことばかりに気を取られて、人生を無駄にしてしまうことが怖い。──そんなぼくの恐れが、この子にうつることはないだろう。ただ、たとえ悲しみに暮れたところで、どうにもならないことのほうが多いんだということ、まがりなりにも前向きに生きる術があるということを、この子にも知っていてほしいと思った。 back |