Cinderella boy
Cinderella boy



 廊下ですれ違いざま、向かいから来た人と肩がぶつかった。すみません、と当たり障りのないことを言って去ろうとする桜の手を、相手が咄嗟につかんでひきとめた。
「真宮桜」
 桜は驚いて相手を振り返る。てっきりまったくの別人だと思っていたその人は、同級生の六道りんねだった。毎日教室で顔を合わせていて、見間違えるはずのない彼のことをなぜ見過ごしてしまったのだろう。理由は、単純明快だ。
「六道くん、その髪どうしたの?それに、その目」
 あまり興味深そうにじろじろ見つめられたからだろう、りんねが頬をぽりぽりと指先で掻きながら、気まずそうに視線を泳がせた。
「ひょっとして、イメチェンってやつ?」
「いや、そういうわけではないんだが」
 いつもは遠くにいてもすぐに誰か見分けのつく、あの冴えるように赤い髪と瞳が、今日はいったい何があったのやら、まるで別人のように真っ黒なのだ。そのうえあのりんねが、いつもの一張羅の中学ジャージ姿ではなく、きちんと高校指定の制服を着ている。普段の彼からにじみ出る異質さはいまはきれいさっぱり消え失せ、そのいでたちはどこからどう見ても、至って普通の三界生のものだ。桜が別人と勘違いしたのも、無理はなかった。
「さっき片付けてきたばかりの案件で、こういう格好をしていたほうが都合が良かったんだ。普通の高校生の姿をしていれば、怪しまれなくて済むからな」
「そうなんだ。でも、本当に驚いたよ。まるで別人みたいだね」
「まあ、いやに費用がかさむからな、俺はめったにしないが、こういう変装は死神にとって、決して珍しいことではないんだ」
 ふうん、と桜は感心したように頷く。
 りんねの変装は今まで何度かお目にかかっているが、それはあくまで装いを凝らす程度にとどまっていて、髪や目の色を変えるほど手の込んだ変装を見るのは初めてだった。現世で人間を相手にするときには、死神の人離れした異相が、対象の警戒心を不要に煽ってしまうこともあるのだろう。そうなると、死神は仕事を遂行しづらくなる。長いあいだ人間と密接に関わってきた彼らなりの、これは処世術のひとつなのかもしれない。
「それで、もう授業は終わったけど、六道くんはどうして学校に?」
 第二の疑問を桜は本人にぶつける。りんねがまだ彼女の手を握っていることに気付いて、ちょっぴり照れくさそうに俯いたせいで、続く彼の声がくぐもった。
「もし良かったら、その」
「なに?」
「今回は、思ったよりも報酬がもらえて、めずらしく黒字が出たんだ」
「うん」
「だから、真宮桜と一緒に──」
 勇気を奮い立たせて、りんねは顔を上げた。彼らしからぬ黒い瞳が、桜をまっすぐにみすえる。
「お前と一緒に、今日くらいは、何か高校生らしいことをしてみたい、と思ったんだが」
 桜はつい、まばたきを忘れて彼に見入った。高校生らしいこと?誰よりも高校生らしくない生活を送るりんねが、突然そんなことを言い出すとは意外だった。
「たとえば、どんなことをしてみたいの?」
「真宮桜は、どんなことが高校生らしいと思う?」
 質問を質問で返された。高校生の彼が、高校生らしいことはなんだろう、と聞いてくるのはすこし滑稽だ。けれどりんねは決して冗談を好むタイプではなく、今も至って真面目な顔をしている。
「どうかな。放課後はリカちゃんみたいに、遅くまで部活をしたり。ミホちゃんみたいに、生徒会で活動したり。他のみんなは、人それぞれじゃないかな。塾に行く人もいれば、新作のアイスクリームとか、ハンバーガーを食べに行く人もいるよ。あとは本屋さんに寄ったり。ゲーセンとかカラオケに遊びに行ってみたり……」
 りんねがまるで異文化に接してカルチャーショックを受ける外国人のような顔をしているのが、桜は不憫に思えた。きっとりんねにとっては、近いようでかぎりなく遠い世界だろう。
「今どきの高校生は、セレブなんだな」
「そんなことないよ。それに、お金なんてかけなくても、ちゃんと放課後を楽しめる高校生だっているんだよ?」
 どこに?と真面目くさってたずねるりんね。桜がにっこりと笑う。
「案外、六道くんのすぐ近くにいるかもしれないね。六道くんが気付いてないだけで」
「そうなのか?真宮桜は、誰か知っているのか?」
「うん。よく知ってるよ?まるで、自分のことみたいにね」
 握り締められた手を、彼女が指をからめてそっと握り返す。驚いたりんねは、繋いだ手と彼女の顔とを交互に見るが、桜は小首を傾げてみせるだけ。そういう繋ぎ方は、まるで恋人同士みたいだ。否応なしに彼女の小さな手に意識が集中し、手に汗をかいてしまいそうで、焦ったりんねはつい赤面してしまう。
「真宮桜?」
「普通の高校生みたいに。六道くんと私とで、してみようか」
「えっと、何を……?」
 それは不粋な質問だった。恋愛にうぶなりんねでさえ、すぐに気が付いた。こんなふうに手を繋いで、普通の高校生の男子と女子が、することといえば──。
 期待を込めたまなざしで桜が彼を見上げている。まるで、言ってみて、と促されているようだ。いいんだろうか?いや、きっとうぬぼれでも、勘違いでもないだろう。まるで夢を見ているようで、りんねの心は有頂天だ。こうなれたらいいなと、ひそかに思ってはいたものの、本当に叶うとは期待していなかった。
 魔法が解けないうちに、まだ、普通の高校生でいられるあいだに、今日くらいは、ほんの少し積極的になってみようか。繋いだこの手を、離さないでいてみようか。
「真宮桜」
 彼女の手を握り返した。じわりと手のひらに感じる体温が、くすぐったいような、心地良いような。
 今は忘れよう。自分が死神だということも。仕事をしなくては生活していけないことも。普通の高校生のようには放課後を過ごせないことも。こうして彼女と手を繋いでいられるのなら、どこへ行っても楽しめる気がする。何をするにも幸せな気持ちでいられそうだ。
「もし良かったら。──これから俺と、デートしてくれないか」
 言ってしまってから、急に恥ずかしくなった。死にそうなほど。ああ、穴があったら入りたい。彼女の目の届かないところに隠れてしまいたい。そんなにじっと見つめないでほしい。顔から今にも火を吹きそうだ。
 屈託のない、桜の笑顔。それこそがまさに、彼の渾身の申し出に対する、彼女の返答だった。



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ツイッターの素敵企画「桜ちゃんを愛で隊」に寄せて。
今回のお題はりんさくとのことでしたが、どうもりんねの押しが弱いような(笑)
多分彼は桜の気持ちを考えすぎて動けずにいるんだと思うので、彼女が乗り気だと知ったら、がんばって歩を進めることもできるのかなーなんて。
主催のねぎさんに感謝!


2015.06.20
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