Silver Sixpence



Something old, something new,
Something borrowed, something blue,
And a silver sixpence in her shoe.

 なにかひとつ古いもの。五十年の思い出が詰まった、ウエディングベール。
 なにかひとつ新しいもの。花婿の父親から贈られた、真新しいシルクのハンカチ。
 なにかひとつ借りたもの。花嫁花婿の友達が貸してくれた、純白の長手袋。
 なにかひとつ青いもの。誰にも見えないところに忍ばせた、青リボン。
 サムシング・フォーはこれでおしまい。花嫁が幸せになれるジンクスは、これできっと成就するはず。
 けれどあとひとつ、足りないものが──。

「桜さま!」
 身支度を終えて待機していた花嫁は、呼ぶ声に振り返った。
 風通しをよくするために、開け放たれた控室の窓。日射しが柔らかく降り注ぎ、外からは小鳥の囀りも聴こえてくる。初夏の風に揺れるカーテンに、ぼんやりとシルエットが映し出されていた。動物の耳を生やした、異形の姿。それが誰か分かりきっている桜が、くすくす、と笑う。するとカーテンの陰から、ひょっこりと顔をのぞかせて、隠れていた少年が人懐っこそうな笑顔を浮かべた。りんねの契約黒猫・六文だ。スーツに蝶ネクタイというフォーマルな出で立ちの少年は、馴れない格好が照れくさいらしい。
「素敵だね。小さな紳士さん」
 花嫁に褒められると、六文はもじもじと恥ずかしそうに下を向いた。高校時代はりんねの肩に乗るほど小さかった六文。ちょうどこの数年で成長期に差しかかったらしく、今は、人間の中学生ほども背が伸びただろうか。
「桜さま、とてもお似合いです。こんなにきれいな花嫁は、ぼく、見たことがありません……」
「本当に?ありがとう。私も六文ちゃんみたいに素敵なリングボーイは、見たことがないよ」
 黒猫ははにかんだ。
「ぼくに、務まりますか?」
「もちろんだよ。六文ちゃんは、彼と私の大切な家族だもん。最初から、六文ちゃんにお願いするつもりだったんだよ」
 リングボーイは、大切な結婚指輪をリングピローにのせて、花婿のもとに運ぶ役割を担う。本来は十歳以下の幼い男の子に頼むのが慣習だが、花婿花嫁たっての願いで、六文が選ばれた。猫耳を生やした少年が誇らしげにバージンロードを歩くさまは、普通の人間の招待客にはおそらく珍妙に見えることだろう。けれどりんねと桜は、あまり懸念はしておらず、むしろ、どうにかなると楽観視している。細かいことを気にしていては、きりがないからだ。今日は現世からもあの世からも、招待客がやってくる。ふたつの世界の境界線を越えて。人間、死神、黒猫、何であれ関係ない。二人にとっては皆、かけがえのない人達だ。種族が違うからといって、一人として招待し損じるようなことはしたくない。
 ドアがひかえめにノックされ、りんねがそうっと入ってきた。ドレスとつがいの白のタキシード、胸ポケットには桜のもつブーケとお揃いのブートニア。椅子に腰かけるりんねだが、花嫁姿の桜を目の当たりにして心が落ち着かないらしく、座っては立ち上がり、とそわそわしている。
「ついさっき、来たばかりだよね?」
 ベールの奥で桜がおかしそうに笑う。りんねは拗ねたような、甘えるような顔になる。
「花嫁のところに、花婿が来てはいけないのか?」
「いけなくないけど。後でまた、飽きるくらい会えるんだよ?そんなに来たら、感動が薄れちゃうかもしれないよ?」
「飽きるものか。俺は、いま、お前に会いたいんだ」
「あのう……」
 遠慮がちに肩を叩かれて、熱っぽく花嫁の手を握っていたりんねは飛び上がりそうになる。「六文、いたのか?」
「まったく、相変わらず桜さましか眼中にないんですから!」
 存在を顧みてもらえないことにぶつぶつ小言をいいながら、六文は腕を組む。
「花嫁が幸せになれるジンクス。『サムシング・フォー』は、揃ったんですか?」
「ああ、間違いなく」
「でも、マザーグースには続きがありますよ」
「え?」
「『花嫁の靴には、6ペンス銀貨を』」
 ふふん、と得意気に口角をもちあげる黒猫。
「きっと忘れてるだろうと思って、ぼくが用意しておきました。銀貨は手に入らなかったので、代わりにこれを──」
 開いてみせた六文の手には、一枚の六文銭があった。あの世で使われるものだ。
 ──花嫁の靴には。6ペンス銀貨の代わりに、六文銭を。
「このほうが、私達らしいね」
「そうか?」
「そうだよ。これで、幸せになれるかな?私達」
 分かりきったことを、と言わんばかりに笑う花婿。
 椅子からおりて、花嫁の足元に片膝をつく。
「靴を、脱がせてもいいか?」
 桜は、ほんのりと頬を上気させて頷いた。りんねが彼女の左足から、両手を添えて、白のリボンがあしらわれた靴をそっとはずす。銀貨ではなく、六文銭を、そのなかに入れた。上目遣いに彼女を見やる。ベールの奥の顔が、どこか気まずそうだ。目が合うと、急に照れくさくなって、どちらからともなく俯いた。願いをこめた靴を、ふたたび小さな足に履かせる。おとぎ話のような一瞬に、たがいに胸躍らせて。
 立ち上がったりんねが、彼女に手を差し延べる。手と手が重なり、彼がぎこちなく彼女の腰を抱き寄せると、壁際の全身鏡に二人の姿が映し出された。純白をまとった花嫁と花婿が、窓から差し込む柔らかな日を浴びている。初夏のそよ風に花嫁のベールがなびいている。それ以外は、すべてが写真や肖像画のように、静かなままだ。
「うぬぼれかもしれんが、」
 りんねがはにかんで肩を竦める。「なかなか、お似合いだな」
 桜は同意のしるしに、彼の肩にもたれかかった。安堵の溜息がこぼれ落ちた。あたかも、そうして寄り添っていることが、ずっと前から決められていた約束事のようにも思えるのだった。
「幸せにする。お前が幸せになれるように、努力する」
「ありがとう。でも、私を幸せにしたいのなら、あなたもそうなってね?」
「二人分の幸せ、か。そうなると、ノルマが二倍だな」
「大丈夫。私も手伝うから、半分こだよ?」
 窓際の黒猫はやれやれ、とかぶりを振る。花婿と花嫁からは、すっかり存在を忘れられてしまったらしい。二人ともしばらくは、他に何も目に映らないだろう。お邪魔虫は消えるにかぎる、ということで、六文は窓からこっそり外に出た。
 隣接されている、さほど大きくはない教会は、すでに招待客が集まりつつあるらしく、さわさわと騒がしい。どんな招待客が来ているのだろう?と、六文は思いを馳せる。きっと、りんねと桜が招待状を出した以上の招待客が、集まっているに違いない。おそらくは、生きているものも、そうでないものも。
「願わくば万事つつがなく。でも万が一、何かあった時には、ぼくが全力でお二人をお助けしないと!」
 かけがえのない主とその大切な人のために、意気込む黒猫だった。
 
 ──六月某日。
 今日は、大安吉日。
 日柄良し。気候良し。花嫁花婿の、仲も良し。
 一生分の幸福を誓うには、絶好の約束日和である。



END
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6月にちなんでジューンブライドりんさくでした。
二人の結婚式を見るまでは、死ねない…!笑
花嫁と花婿の未来に幸多からんことを(^^*)


2015.06.07

素敵な挿絵を描いていただきました。

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