From now on,





 造花の花びらをいじりながらぼんやりと物思いにふけってる主の顔を、胡座をかいた彼の腿のあたりにちょこんと乗っかって、六文はそっと覗き込んでみた。
「りんね様、今日のノルマはもう達成しましたよ?」
 はっ、と我に返ったりんねがダンボール箱を一瞥する。まだ始めたばかりだったはずなのに、完成した造花であふれかえっている。
「いつの間に、こんなに?」
「ぼくがやっておきました。りんね様があまり乗り気じゃないみたいだったから。どうなさったんですか?ひょっとして、何かお悩み事でも?」
 いや、とりんねは首を振る。悩んでいる、という訳ではないらしい。それでもまたいつもの、何を考えてるかよくわからないような目で、自分が作ったどの角度からも完璧な造花をじっと見つめ出した。普段から寡黙な主とはいえ、今日の沈黙は少し様子が違う。こうして観察していると時々、何か嬉しいことを思い出しているのか、その頬がふっと緩み、目元はやわらぎ、一文字に閉じられた唇が、こころなしか微笑むようなかたちになるのだ。
「桜さま達とのデートで、何かありましたね?」
 察しのよい黒猫のつっこみに、りんねは少し慌てた。まるでずっと手にしていたその造花にやましいことでもあるかのように、こっそりと背中に隠してしまう。
「べ、別に何も。そもそもあれはデートなんかじゃない。仕事の一環で、仕方なく──」
「でもりんね様、さっきから嬉しそうだから。ただ仕事してきただけ、って顔じゃないですよ。遊園地で何かいいことがあったに違いありません」
 六文が尻尾を振りながら好奇心旺盛な目で見上げてくる。見た目に合わず大人びているようだが、まだまだ子猫、遊びたい盛りの年頃だ。遊園地まで一緒に従いてきたかっただろうに、資金不足で留守番させるしかなかった。その負い目もあって、隠し事はできないなと思うりんね。
「いいこと、というか。金はかかったが、それなりに充実していただけだ。想像していたよりもずっと」
「十文字と一緒なのに?」
「奴のことはしっかり見張っていたから大丈夫だ。あの霊も、最後には無事に成仏できたし」
「桜さまはどうでしたか?」
「真宮桜は、」
 一瞬間があった。ほんのりと、りんねの頬が上気する。なかなか珍しい反応に、おや、と目をみはる黒猫。
「彼女は楽しそうだった。──俺も、楽しかった」
 楽しかった、と呟く主の、祖母譲りのざくろ色の瞳は、生き生きと輝いていた。あまり彼のことを知らない人なら、気にもとめない変化だろうが、四六時中供をする六文にははっきりと判る。ついこの間百葉箱が空っぽだった時の、あの死んだ魚のような目とは、天と地の差だ。主の喜びは、すなわち従者である六文の喜びでもある。嬉しくなった黒猫は、あの心優しい少女に頭を撫でてもらうときのように、ごろごろと喉を鳴らした。
 あのお祓い屋、十文字翼が三界高校にやってきて以来、平穏だったりんねと桜の日常が変化を余儀なくされたことを六文は知っている。今まで一緒に過ごしていたことが嘘のように、りんねも桜も急によそよそしくなった。桜が好きな六文にとっては彼女が疎遠になってしまうことは何よりも悲しい変化であり、どうにかならないものかと心を痛めていた。
 とはいえ、駄目元で主に勧めた遊園地デートへの同行が、思った以上に功を奏してくれたらしい。あの二人が喧嘩をしたわけでもないので、これを仲直りと呼ぶべきかは分からないが、りんねの様子から察するに、どうやらわだかまりはかなり解消されたらしい。揃いも揃って本心が見えにくいだけに、傍から見ている六文ばかりが気を揉んでいたが、これでようやく一安心できる。
 りんねには、桜が必要なのだ。
 本人に自覚があるかはわからない。けれど見守る立場である六文からしてみれば、それは自明の理というもの。

「りんね様」
「なんだ?」
「きっと桜さまが楽しそうだったから、りんね様もあのデートを、心の底から楽しめたんですよね?」

 単純だが、真理をつく問いかけだ。内職の道具を黙々と片付けているりんねは何も答えない。けれど頭のなかでは六文の言葉を反芻しているだろう。そして自分の心に、その答えを見いだそうとするはずだ。
 桜はりんねのものではない。けれどあの時、あの場所で、彼女がふとこぼした笑顔は、他の誰のものではなく、確かに彼だけのものだった。
 きみがいた。だからついて行った。
 きみが笑った。おかげで楽しいと思えた──。
 恋を恋とも知らない少年は、いまようやくスタートラインに立ったばかりだ。




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トリプルデートは二人の転換点ですね。


2015.04.25

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