恋とはどんなものかしら

 誰かが誰かのことを好きなのかもしれない。他人のことは見ていて察しがつくのに、不思議なことに、自分のことは見当もつかない。

 ようやく春がやってきたかと思えば、寒の戻りがあっという間に三界の街を凍えさせてしまった。花見気分に色めき立っていた人々を興ざめにさせる長雨が、ここ数日に渡ってだらだらと降り続いている。
 怪奇現象に困っているとの相談を受けて商店街まで出張ったりんねに付き添ったことで、その日も桜の放課後はつぶれた。無事に問題を解決し終えたころには、終礼後に学校を出たときにはやみかけていたはずの雨がまた本降りになろうとしていた。
「家まで送らせてくれ。この雨だ、ひとりでは物騒だろう」
 今回の依頼主が切り盛りする文房具屋の店先で、軒からの雨だれを目を細めて見上げながらりんねは言った。天候がどうであれ最近はそうしてもらうことが茶飯事なので、桜も素直に甘えることにする。
「うん。いつもありがとう」
「それはこちらの台詞なんだがな」
「ママがちゃんとお礼を言いなさいって。いつもわざわざ送ってくれるから。そういえば今度、六道くんに夜ごはんをごちそうしたいみたいだよ」
「ほ、本当か?」
 それはありがたい、と同級生は普段は滅多に見せることのない、輝くような笑顔を浮かべている。彼女の家に招かれての晩餐だからこその喜びようなのだが、ただ単に料理にありつけるから嬉しいのだろうと思っている桜にはそこまで想定が及ばない。
「もちろん、六文ちゃんも連れて来てね。キャットフード、用意しておいてもらうから」
 今は外出中で人目につくので子猫のいでたちの契約黒猫も、あるじの肩の上でニャア、と嬉しそうに鳴いた。ほんの一瞬、りんねがすこし残念そうな顔をしたが、傘を開いていた桜には見えなかった。
 彼女の傘に軒から垂れた雫がぽつぽつ、とおちる音がする。りんねは片方の肩に掛けていた羽織を、頭にすっぽりと被った。雨をしのぐつもりなのだろうが、それでは意味がない。
「六道くん、傘ないんだよね?一緒に入ろう」
 桜が何気なく声をかけると、彼は「えっ?」と目を見開いた。
 それはいわゆる、相合傘になるのだが──。
 いや、それ以前に、
「俺はいい。真宮桜、お前が濡れてしまう」
「大丈夫だよ。六道くんこそ、そんなんじゃずぶ濡れになっちゃう」
「平気だ。俺なら丈夫だから」
「でも、クラブ棟も寒いでしょ?」
「気にするな。お前が風邪をひいたらいけない」
「六道くんこそ、そんな薄着じゃ──」
 二人にしてはめずらしく押し問答が続いた。六文の視線がテニスのラリーを見守るように右往左往する。そうしているあいだにも、雨脚はますます強まっていく。
 最終的には、これ以上遅くなっては桜の母親が心配するだろうと思い、りんねが折れることになった。
 遠慮がちに、桜から傘を受け取る。女子らしいピンク色の、水玉模様の傘。柄を握り締めながら、そわそわと落ち着きがなくなる。
 桜がとなりに入ってきた。りんねを見上げて、にっこりと笑う。
「ほら。絶対、こうした方がいいよ」
 りんねには、雨の音が聞こえなくなる。すこし得意げな桜の声が、いつまでも耳の奥に残り続けた。
 彼の目に映る桜は、とても可愛い。彼女と相合傘をしていることが恥ずかしくて、こそばゆくて、顔がのぼせあがりそうだ。気分が高揚している。自分らしくもないことを、ついうっかり言ってしまいそうになる。そんなことは悟られたくない。りんねはばれないように、ほんの少しだけ横にずれた。桜の肩が触れて緊張したせいもある。だが何よりも、彼女が雨に濡れてしまうのが心配だった。
 傘の柄を強く握り締めて、雨空の下をぎこちなく歩き出す。
 りんねが足並みを合わせてくれていることに、桜は気付いていた。いつもよりも、彼の歩幅が狭い。足元を見おろす。しっとりとした雨の匂いがアスファルトから立ちのぼってくる。桜が水溜まりを踏まなくていいように、みずから足場の悪いところを選ぶせいで、りんねの白いスニーカーは水気をふくんで重たそうだ。
 歩道を歩けば、りんねが自然と車道側になる。猛スピードで通り過ぎていく車の水飛沫も、何食わぬ顔をして全部自分で受け止めてしまっている。おかげで大事な黄泉の羽織がぐっしょりだ。
 それでもりんねは、嫌な顔ひとつせず、桜のピンク色の傘を差したまま、黙って彼女と歩調を合わせてくれている。
「冷たくないか?」
 濡れ鼠になっているのは自分なのに、桜のことばかり気にかけている。
「六道くんこそ、寒くない?」
「平気だ。その、お前が寒くないのなら」
「寒くないよ。六道くんが平気なら、私も」
 傘を持つりんねの手に、桜はそっと触れてみた。
 なぜかいま、無性にそうしてみたかった。
 りんねはちらりとそれを一瞥したきり、また前を向く。頬が落ちそうになるのを、懸命にこらえている。
 桜はしばらく手を離さなかった。そうしていると、なぜか心地良かったから。
 
 そして六文は、物言わぬ子猫らしく、りんねの肩で丸まったまま、一連のやり取りに素知らぬふりをしていた。
 ──霊道を通れば、二人とも雨に濡れずに済むのでは?
 そんな無粋なことは、言わぬが花、というものだろう。




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恋を恋だと知らない彼女。
でも、あと少し、かな?


2015.04.14

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