That girl's name



 満開だったはずの桜の花はとうに散った。今年はのんびりと花見を楽しむ余裕などなかったので、知ったことではないが。
 今は青々とした葉を茂らせてる木を、りんねはとくに感慨のない目で見上げている。
 ゴールデンウイーク明けの今日、三界高校は数日ぶりに登校する生徒たちで賑わっていた。ひと月ほど前から、校舎に隣接する廃屋寸前のクラブ棟に住み着いているりんねにも、彼らの浮かれようが伝わってきていた。五月連休といえば家族でレジャーを楽しむ絶好の機会だ。どこどこに行って、なにを見てきて、あれを食べて──。思い出話だけで、きっと今日一日の話題には事欠かないだろう。
 それもまた、彼とはなんの関わりもないことだが。
 赤髪の少年は、校門から入ってくる生徒たちを遠くからながめた。
 一応、彼もこの三界高校の生徒だった。祖父の入院に気を揉まれながらもどうにか受験勉強にはげんだ毎日が、まだ記憶に新しい。合格を知った時は素直に嬉しかった。病床の祖父もまるで自分のことのように喜んでくれたものだ。
 だが入学以来、りんねはただの一度もこの学校に登校していなかった。それどころか、入学式にさえ行っていない。中学の卒業式以降、祖父の容態が急激に悪化してしまい、それどころではなかったのだ。祖父が孫の制服を買うためにととっておいてくれた金は、葬儀代に消えた。住んでいた借家には居られなくなり、着の身着のまま無一文で追い出された。
 今は物心ついた頃から小遣い稼ぎでやっている死神稼業で、どうにか食い扶持をまかなっている。不便な独り暮らしにもようやく馴れてきたところだ。入学からひと月が経ち、いい加減高校生活をスタートさせなければ、とも思い始めていた。
 りんねは裏庭から正面玄関にまわった。連休中、学校に誰もいないあいだに、こっそり忍び込んでトラップをしかけておいたことを思い出したのだ。なかなか成仏できないチワワの霊を捕まえるために。
 一年四組の教室では、ちょうど点呼をとっているところだった。黄泉の羽織を着ているため、りんねが入ってきてもクラスメートたちは誰も気付かない。りんねは空いている自分の席に腰を落ち着けた。はかったように、担任がりんねの名を呼んだ。
「六道はまた欠席か」
 教室が騒がしくなる。休みがちなりんねに関するおしゃべりだ。かまわずにりんねは自分の机の中を探り出した。この中に罠をしかけておいたのだ。きっとチワワ霊がかかっているに違いない。
 気ままに収穫物をいじっていると、不意に横顔に視線を感じた。隣の席の女子が彼のことを観察している。彼女と目が合うと、りんねは一瞬言葉を失った。偶然か?普通の人間に今の自分の姿が見えるはずがない。
 だがどうも偶然ではないようだった。チワワ霊と向き合いながらも、りんねはずっと彼女の視線を感じていた。まれに霊感のある人間がいるそうだが、まさか自分のすぐ隣の席にその人間があたるとは。世の中には不思議な偶然もあるものだ。

 チワワ霊に一杯食わされ、学校へもどる途中またあの女子と遭遇した。
 やはり一見すると普通の人間のようだが、霊の見える体質だったらしい。その特異なちからのせいで、不成仏霊に付き纏われていた。
 りんねは淡々と仕事をすませようとしたが、浮遊霊二体が出くわしたことで簡単な仕事がややこしくなった。そろって悪霊化してしまった彼らを鎮めるために、同級生の女子を巻き添えにせざるを得なくなったのだ。死神は生きている人間をあの世に連れてきてはならない決まりだが、今は従順にまもっている場合ではなかった。
 ──きっと、ビビっているだろうな。
 やむを得ない事態とはいえ、少しだけ不憫に思いながら隣の彼女を見てみると、意外にもピンピンしている。ここが死後の世界だと知っても、平気な顔をしているではないか。
 死神という素性を明かしても、取り乱したりせずにいる。
 天然なのか?鈍感なのか?危機感を感じていないのか?
 普通の人間ならば、恐れをなしてもいいようなものだが──。
「しかし変わった人間もいるものだな」
 催眠術にかかった彼女が現世へ通じる一本道を歩いていく。その背中を見送りながら、りんねはひとり首を傾げた。
「あいつ、名前はなんと言ったっけ?」
 確か、恋未練男子が呼んでいた。
 あの人間の女子の名は──






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2015.04.03

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