どうかそのままで


「あのタケノコって娘、随分な別嬪になるだろうねえ」
 母親のからかい混じりの言葉に、筍の煮付けを頬張っていた捨丸はにわかに頬を染めた。
「何言ってんだ、お袋!あんなの、まだ男か女かも分からんような、生意気なばかりのがきさっ」
「何をむきになってやがる。お前こそ、いつまで経っても遊び足りねえがきのくせに」
 隣で聞いていた兄に揶揄され、捨丸はぐっと押し黙る。木地師として日がなあくせく働く家族を顧みずに、集落の子ども達やヒメと一緒に野山を遊び回っているのは確かだ。漆の木から材料をくりぬいたり、樹液を集めたり、椀を作るのを手伝ったり、するべき仕事は山ほどあるのに。
「いつまでも小便くせえ小僧のままではいられんぞ。親父やお袋を手伝って、お前も早いところ孝行しないとな。この兄貴みてえによ!」
 ばしばしと背中を叩かれ、捨丸は噎せてしまう。咳き込んでいると、母親がくすくす笑いながら湯呑を差し出してきた。
「捨丸は、ああいう別嬪が好みなのかい?」
「ごほっ……お袋、もうその話はやめてくれったら」
「いいじゃないの。お前もそのうち嫁さんを貰うことになるんだからね。もしあの子に惚れてるなら、母さんが竹取りの翁のところに行って、直談判してきてあげようか?」
「だから、いい加減にしてくれよっ!」
 父親と兄が豪快な笑い声を上げた。ませたがきだな、色気づきやがって、などと散々からかわれ、捨丸はいつになく肩身の狭い思いをした。
 朝餉がそんな様子だったので、その日は気まずいことこのうえなかった。遊んでいる間もつい母親の言葉を思い出してしまう。──ああいう別嬪が好みなのかい。好みだなんて、俗な言い方は嫌いだ。居心地の悪さを覚えつつも捨丸は頭上を振り仰いだ。椋の高木にヒメが登っており、まだ木登りができない年下の子供達に採った実を分け与えてやっていた。こうして毎日皆と外に出て遊んでいるというのに、一人だけ日焼けをまるで知らぬ、雪のように白い肌。しなやかに伸びた手脚。あねさん被りの手拭いからは、ほつれ毛がひと筋こぼれ落ちて汗をかいた頬に張り付いている。下から呼びかける子供達の声に応じて、しきりに笑みを浮かべるその顔は、捨丸が今まで見たどの女子よりも整った造形をしていた。捨丸はついその横顔に見とれてしまう。皆で一緒にいるのに、彼女だけがまるで別世界の人間のようだった。
「捨丸兄ちゃん?」
 透き通るような声で呼ばれ、どきりとしてしまう。ヒメが木からするすると下りてくるところだった。
「登らないの?」
「いや、俺はいい」
「あっ。木登りが面倒だから、私に採らせたんでしょう?」
 しょうがないなあ、と見当違いなこと信じきっているヒメは黒紫色の実を差し出してきた。受け取り、齧ってみると甘酸っぱくて美味しかった。そういえば朝餉をまともにとれなかったせいですきっ腹だったことを思い出す。あっという間に平らげて、口の中に残った種を地面に吐き捨てると、すかさずヒメがもう一つくれた。今度のはもっと熟していて美味しく感じられた。ふと気付くと、ヒメが屈託ない笑顔を浮かべている。
「タケノコ、お前は食わないのか?」
「いいの。捨丸兄ちゃんを見てるだけで、お腹いっぱい」
 急に大人びた物言いをする。がっついている自分が恥ずかしく思えて、捨丸は嫌気がさした。今までずっと兄貴分でいたのに、このままではすぐに追い越されてしまいそうだ。筍のように長じていく彼女だから、これからも駆け足で大人になっていくだろう。置いていかれたくない、と思った。いつまでも自分が先を歩いていたい。タケノコには、可愛い妹分のままでいてほしい。
 だがそんな願いは所詮、絵空事でしかない。そのことを少年はじき知ることになる。





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