ずるい子


「捨丸兄ちゃあん……」
 あまったるい少女の声に、筍をたくさん入れた籠を背負う捨丸はいやな予感がして振り返った。
 竹取りの家の娘である少女は、案の定このうえなく切なそうな目をしてある一点を見おろしている。二人の歩く道の下に連なる棚田だ。そこは広大な畑になっており、一面に青々とみずみずしい真桑瓜が実っていた。初夏の頃、この妹分にせがまれて仕方なく、あそこの瓜を一つ、ニつくすねたことがあった。うまく逃げおおせたものの、危うく農夫に見つかるところだった。以来あの農夫は、前にも増して瓜泥棒を警戒している様子なのだ。
「あつくてのどが渇いたよう。──あのときの瓜、おいしかったなあ」
 初めて食べた真桑瓜の味を思い出しているのか、ヒメはうっとりとした目で舌なめずりした。それを見ていた捨丸もつい、口の中がうるおい、ごくりと生唾を飲んでしまう。晩夏とはいえまだまだ暑さは厳しい。蝉の鳴き声が、夕暮れどきにも強い日差しが、じりじりと彼を焦がすかのようだ。水気をたっぷりと含んだ瓜の魅力には確かにあらがい難かった。それに何よりも、可愛い妹分が欲しがっているのだ。数え切れないほどの実りの中の、たった一つ失敬したところで、ばちは当たるまい──。
 しかし年長者としての理性が、情にほだされることをよしとしなかった。妹分に正しい道を示してやるのが兄貴分の務めではないか。
「だめだぞ、タケノコ。盗みは一度きりだ。のどが渇いたならこの先の沢で水を飲めばいいだろう。いくらでも湧いてるんだから」
 水の滴る瓜と、弾けるようなヒメの笑顔。その二つを得たい誘惑を振り切るように、捨丸は言い諭す。が、それでもヒメは物欲しそうに指をくわえて彼を見つめているものだから、始末が悪い。洗いたての小豆のように、濡れて輝く瞳が懸命に訴えかけてくる。
「やっぱり、だめ?」
「だ、だめだって言っただろ!」
「ほんとうに、ほんとうにだめ?」
 しょんぼりと肩を落とすヒメ。そうしてしおれていると、腕に抱えている筍がやけに大きくて重たげに見える。ずるい子だ。どうすれば欲しいものを得られるかを知っている── 。捨丸はもどかしくなって後頭部をがしがしと掻いた。可愛い妹分を、けっして無碍には出来ない自分がいた。
「仕方ないな!ならこの籠の中の筍、全部俺によこせ!」
「えっ?」
「それでいいなら、とってきてやる!」
「ほんとうに!いいの、捨丸兄ちゃん?」
「男に二言はない!」
 木地師の集落に住む子供達の兄貴分・捨丸は、イノシシもマムシも恐れぬ勇敢な益荒男【ますらお】だ。
 そんな少年にただ一つ敵わないものがあるとしたら、それはきっと──。




×