Would you mind...?


 今までも秘密のデート場所はいくつかあったが、ここ最近彼が気に入っているのはこの「必要の部屋」だ。
 ここでは文字通り、必要なものはすべて魔法が用意してくれる。チェスをしたいと思えば、ガラスでできたチェス盤を。アフタヌーンティーを望めば、三段トレイに載った可愛らしいお菓子とほどよく温かい紅茶を。杖いらずの部屋とは、なんとも便利なものだ。
「わあ、可愛い……!」
 淡いダマスク柄のソファーに腰掛けたハーマイオニーが、一番上のトレイに載っている色とりどりのマカロンを見て目を輝かせていた。そういう君の方が、僕にはよっぽど可愛く見えるんだけどな。などと思いつつ、正面に立ってダージリンの香りを楽しんでいたドラコはカップに口を寄せる。
「君もそういう物に、興味を示すんだね」
「もちろんよ。ああ、見ているだけで幸せな気分だわ」
 読みかけの本を膝の上に置いたまま、ハーマイオニーはうっとりとお菓子を眺めている。ほんのりと甘い紅茶を一口啜ると、ドラコはカップをそっとテーブルに置いた。
「じゃあそのまま見ていろよ。君がそうしてると、僕も幸せな気持ちになれるから」
「えっ?」
 ハーマイオニーはきょとんと目を丸めている。君の喜ぶ顔を見ていると、心が温まるんだよ。そう言っているのに、全く気付いていないらしい。勉強のこととなると人一倍賢くてなかなか敵わないのに、こういうことにかけては案外鈍感なのだった。ドラコはそんな恋人のすぐ隣に腰をおろした。長い脚を優雅に組み、手持ち無沙汰に読みもしない「日刊預言者新聞」を取る。
 しばらくの間、幸せそうにマカロンを食べるその横顔を見つめていた。そうしているうちに、じわじわと愛おしさがこみあげてきた。小さなマカロンをサクサクと丁寧にかじっている彼女は、まるで胡桃を手に入れた小さなリスのようだ。うん、確かに似ている。他愛もない連想に、ドラコは頬が緩むのをおさえることができない。ポケットに入れていた手を伸ばして、彼女の頬にかかる栗色の巻き毛を、そっと耳にかけてやった。ハーマイオニーはちらりと一瞥したきり、またマカロンに夢中になる。ドラコはあらわになった白い頬に、愛情を込めてキスをした。
「きゃっ」
 驚いたハーマイオニーは食べかけのマカロンを絨毯の上に落としてしまった。火照る頬をおさえながら、きっと睨んでくる。
「な、なにするのよ!いきなりっ」
「恋人にキスをしちゃいけないのかい?それは、おかしな話だ」
 前に身を乗り出して、ハーマイオニーの顔をのぞき込みながらクスクスと笑うドラコ。いたたまれない彼女は読みかけの古ぼけた本で顔を覆い隠す。
「いきなり、キスなんてしないでよ。びっくりするじゃない──」
「じゃあ、今からキスをするって、いちいち言えっていうのかい?そんなことになったら、僕は一体何回君に同じことを言わなくちゃいけないんだ?」
 笑いを噛み殺しながら、ドラコは華奢な彼女の肩を自分の方へ抱き寄せた。カーゴイルの石像のように固まってしまうハーマイオニーだが、二人は恋人同士の仲、とくに抵抗する理由はない。そのまま大人しく彼の肩に頭をあずける。
 暖炉の薪がパチパチとはぜていた。オレンジ色の炎を二人で静かに見つめていた。彼女の吐息が耳元に心地良く、ドラコはつい次の時間に授業があることも忘れて眠ってしまいそうになる。できることならずっとこうしていたい、と思った。せめて寮が同じなら、談話室でいつも一緒にいられるのに。
 非魔法族の出自だとか、貴賤の格差だとか、そういう理屈はとうに捨てた。いつも視線で無意識に追っていた彼女が、胸が苦しくなるほど焦がれていた相手が、今はこうしてすぐ傍にいる。好きなだけ隣で見つめていられる。その幸せに勝るものが、他にあるだろうか?
「マイハニー」
「なんて呼び方するのよ……」
「ひとつ聞きたいことがあるんだ」
 あなたらしくないわ、とはにかむ恋人のくちびるは、ほんのりと桃色。また驚かせたりしないように、今度ばかりは律儀にたずねた。
「君にキスをしても、いいかい?」




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