たからもの ※未来



「こんなところにいたのかよ?休み時間はとっくに終わったぞ」
 咎めるような声が飛んできて、少年は読みかけの本をあわてて背中に隠した。
 縁側にちょこんと座っている彼を、道着姿の兄が怪訝な顔で見つめていた。叱られるのがこわくなり、少年はつい声が上擦ってしまう。
「お兄ちゃん──。い、いま、ちょうど戻るところだったんだよ」
「うそつけ。隠したっておれの目はごまかせねえぞ」
 目ざとい兄はずかずかと歩いてくると、背に隠した本を取り上げてしまった。「返して!」躍起になる弟を片手で制しつつ、呆れたように本の表紙を眺めている。
「稽古をさぼって熱心に何してるのかと思えば。『星のふしぎ』だあ?ったく──」
 奏馬、と弟の名を呼ぶ兄の声が厳しい。奏馬は涙がこらえそうになるのを懸命にこらえた。
「……ごめんなさい。読み出したら、とまらなくて」
 兄の冬馬はますます目つきが鋭くなる。
「それでもおまえはうちの子なのか?稽古から逃げてばかりで、恥ずかしくないのか!?」
「ちょっとお兄ちゃん、それは言いすぎじゃない?」
 いつのまにか、双子の姉のあすかまでが会話に加わっていた。道場の方から、タオルで汗を拭きながら近づいてくる。その背後からは、なにやら額を突き合わせて小言を言い合っている両親も続いていた。
「乱馬のせいで、あの子達の前で大恥かいたじゃない!」
「けっ。だから言ったじゃねえか。ああいう時は、黙って男に任せときゃいいって」
 些細な喧嘩はいつものことなので、三人の子供達はとくに気にもとめない。
 あすかは双子の弟の隣に腰かけると、しゅんとしている彼の頭を気遣わしげに撫でてやった。
「奏馬は冬馬お兄ちゃんとわたしみたいに、格闘が好きじゃないんだよ。きっと」
 別に嫌いなわけじゃないけど──、とつぶやく奏馬の声が消え入るかのようだ。仁王立ちした冬馬は冷たい顔をして、か弱い弟を見下ろした。
「おまえ、やっぱりうちの子じゃないんじゃないか?」
「お兄ちゃんっ!」
「だっておかしいだろ!格闘が好きじゃないなんて、兄弟として情けないっ!」
 突然の大声に驚いた乱馬とあかねが、こぜり合うのをやめて駆け寄ってきた。奏馬がうなだれてしくしくと泣いており、あすかはおろおろとそれをなだめ、冬馬はばつが悪そうにそっぽを向いていた。
「おい、どうしたんだ?」
「──おれは悪くない!」
 父親に言い捨てるなり、冬馬は道場の方へ駆け出していく。呆気にとられて見送る乱馬の脇腹を、あかねが肘でつついた。二十八にして結婚十年目の若き夫婦は、顔を見合わせ、ほぼ同時に何か悟ったように頷く。
「あすか。お兄ちゃんの様子を見てきてくれる?」
 優しい母の声に、ほっとしたように頷く長女。縁側からおりて、駆けていった兄の後を追う。
 残されたのは末っ子の泣き虫一人。乱馬とあかねは、間に我が子をはさむようにして座った。
「……ぼくのこと、がっかりしてる?」
「どうして?」
「お父さんとお母さんの子どもなのに、ぼく、道場のだれよりも弱いから……」
 膝に置いた眼鏡をいじりながら、しきりに鼻をすする奏馬。乱馬がその小さな肩を、力強く自分の方へ抱き寄せた。
「子供がくだらねえ心配してんじゃねえよ。奏馬、お前はな、俺達の自慢の息子なんだぞ?」
 奏馬は半信半疑で、両親を見つめる。「自慢?こんなに弱いのに?」
「奏馬には、奏馬なりのいいところがあるのよ。お父さんとお母さんには、ちゃんとわかるわ」
 奏馬の手を取りながら、にっこりと笑うあかね。
「みんな違って、みんないいの。冬馬も、あすかも、奏馬も。みんな、お母さんの大切な宝物なのよ。誰かにがっかりすることなんて、ないわ」
「……俺は?」
 などと期待を込めた目で年甲斐もなく聞いてくる夫。それをきれいに無視して、あかねは末っ子にとろけるような笑顔を見せた。




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