きみのあしおと


 靴を履いて外に出ると、思いのほか風が冷たく感じられて千尋は身震いした。空が白っぽく、そろそろ初雪が降るだろうことを予感させた。千尋はベージュのダッフルコートの前をかき合わせながら、逆方向に帰っていく友達に手を振る。風邪気味らしい友達が今日は鼻をしきりにすすっていたのを心配しながら、歩きだした。
 ポケットの中に手を差し入れたまま校門へ向かうと、辺りが騒がしかった。なにやら女子生徒達が黄色い声を上げているのが聞こえる。これはもうすっかりお馴染みとなってしまった放課後の光景だ。その原因が分かるだけに、千尋はついついにやけてしまった。
 千尋と同じ制服を着た少女達がちらちらと遠巻きに眺めて気にしているのは、校門の柱に寄りかかっている一人の青年だった。この高校の生徒ではなく、制服を着ていないことから大学生なのだろうという憶測が立っていた。濃紺のコートに青色のマフラーといった出で立ちの彼は、背がすらりと高く、中性的で整った面差しがひときわ目を引いた。待ち人がいるのだろう、腕を組み、柱に頭をあずけて目を閉じている。
 ──もう少し待たせてみようかな。
 ふと思いついたささやかないたずらに、千尋はくすくす笑い、彼が寄りかかっている柱の裏側にこっそり身を隠した。
「あの、すみません」
 すぐに、女子生徒の一人がおずおずと青年に話しかけるのが聞こえた。気付かれないように息を押し殺して、千尋は聞き耳を立てる。
「毎日、ここで人を待っていますよね?」
「はい。ご迷惑でしたか?」
「い、いえいえ、とんでもない!」
 上擦った女子生徒の声に、千尋は思わず盗み聞きしながら「うんうん」と頷いてしまう。あの人離れした美貌に真正面から見つめられて、緊張しない女子はきっとそうそういないだろう。
 いるとすれば、千尋の慕う姉貴分くらいのものだ。彼女は青年の容貌に惑わされず、むしろ互角に張り合うことのできる貴重な娘だった。
「話しかけちゃった!どうしようっ」
 青年にさようならと告げた後、離れていった女子生徒が友達に興奮した様子で話していた。きっとじゃんけんでもして、負けた人が彼に声をかけるという取り決めだったのだろう。
 本当にもてるんだから──、と足元を見おろしながら千尋がにやにやしていると、ふいに視界に人影が入り込んだ。誰かが目の前に立ったのだ。
「それで、私はいつまでそなたを待ち焦がれていればいいのかな?」
 はっと顔を上げると、やれやれといった表情でくだんの青年が顔をのぞき込んできた。
「千尋。こんなに近くにいたのなら、なぜすぐに声をかけてくれないの?」
「だ、だって、お取り込み中だったから……」
「いや、あの子が私に話しかけてくるより前からここにいただろう。ちゃんと知っているよ」
 拗ねたらしい青年に頬を軽くつままれ、「ごめんなひゃい」と素っ頓狂な声を上げる千尋。
「ハクったら、目を瞑ってたのにどうしてわたしが近くにいるって分かるの?」
「どうしてと言われても、分かってしまうものは分かってしまうからだよ」
「それじゃ答えになってないよ。ねえ、なんで?」
 ハクは小さく溜息をつき、自分が巻いていたマフラーをはずして千尋の首に巻きつけてやりながら、
「足音だよ。千尋が近付いてくる時は、足音で分かる」
「足音?こんなにたくさん人がいるのに?」
「どんなに音が混じっても、好いた娘の足音を聞き間違えはしないよ」
 深い緑色の瞳がほんの少し得意気に細まった。好いた娘、という言葉に千尋は思わず頬が緩みそうになって俯いてしまう。
 ハクはマフラーの房が絡まっているのを長い指でほどいてやってから、ポケットにおさまっていた千尋の手を取った。手袋をつけていない彼の手は、そのままでも充分温かかった。
「さ、そろそろ行こうか。向こうで皆待ちわびているよ」
 指と指を絡めた恋人繋ぎ。周囲から羨望の溜息がこぼれるのも気付かず、千尋ははにかみ笑いを浮かべた。





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