秋の味覚



 頬をかすめる木枯らしがつめたく、だんだんと人肌恋しい季節になってきた。
 廃屋寸前のオンボロクラブ棟に住む可哀想な死神少年は、今日も今日とて温もりと癒やしを与えてくれる恋人をぬいぐるみのように抱き締めて離さない。
「六道くん。そんなにくっついてると、梨の皮がうまく剥けないよ?」
 果物包丁を手に悪戦苦闘する桜を、後ろからすっぽりと包み込むかたちのりんね。こたつ机の上には彼女が差し入れてくれた甘栗に葡萄、かぼちゃの煮物、焼き芋やらがならんでいる。年間を通して大半の主食が「そこらへんに生えている草」というほど粗食を強いられているりんねにとって、秋の味覚などまさに贅沢品。見ているだけでよだれが出そうだ。
「おなかすいた、真宮桜」
「ふふ。食べものならいっぱいあるから、お好きなものをどうぞ」
「梨がいい」
「じゃあ、ちょっと待っててね」
 りんねは桜の肩にあごをのせ、とりあえずちょっかいを出すのをやめて梨の皮を剥く手つきを見守った。するすると細い皮が落とされ、水気を含んだ白い果肉があらわになる。少年の頭の中でよからぬ妄想がむくりとふくらんだ。最近こうして真宮桜を剥いたのはいつだっただろう。おとといだったか、それとも一週間くらい前だっけ。いや、ひょっとするともっと前じゃないか。
「はい、できあがり。どうぞ召しあがれ」
 あーん、と口を開けるように促された。爪楊枝を刺した梨がりんねの口元にせまってくる。が、あと少しというところで、桜がぱくりと食べてしまった。あっけにとられる彼にいたずらっぽい目で笑う彼女。りんねの隠れた男心に火がついた。
「おあずけを食うと、ますます食べたくなるって知ってるか?」
「ごめんごめん。意地悪するつもりじゃないんだよ?」
 くすくす笑いながらまた梨を差し出してくる桜。春の花はなんともじらし上手だ。無邪気な笑顔を目の前でちらつかせ、つかまえてみろと焚きつける。
 花より団子か。それとも、団子より花か。
 ──いや、両方だろう。
 こう見えて結構欲張りなのだ。
 しゃくしゃくと梨を頬張りながらりんねは不敵に笑った。
「梨、おいしいね。ママがまた通販で買いすぎちゃったんだって」
 桜は暢気にそんなことを言っている。
 梨もうまいが、もっとうまいものが目の前にあるのだが。
「──おなかがすいた」
 りんねは彼女の白い太ももにさりげなく手を置いてみる。それとなく様子をうかがってみるが、しゃくしゃくと梨を食べている桜にこれといった変化はなく、とくに意識してはいないようだ。相変わらず警戒心が薄い恋人だった。
 反応がないのをいいことに、今度は耳に唇を押し当ててキスをしてみる。が、それすらも単なる偶然と思ったのか、ちらりとも見てこない。すっかりリラックスした様子で、リスのように梨をほおばっている。振り向いてほしくて、耳たぶを甘噛みしてみた。するとさすがに一瞬肩をぴくりと震わせたが、それでも不思議そうに首をかしげただけで、身構えるそぶりすら見せなかった。
 いよいよりんねの闘争心がメラメラと燃え上がる。
 恋人よりも梨が大事なのか──。梨ごときに負けるとは、なんとも不本意だ。
「六道くん、食べないの?もしかして、おなかすいてない?」
 ようやく振り向いて、悪気なくそんなことを聞いてくる桜。
 りんねはその肩をつかんで、背中をいためないように畳に押しつけた。
 一瞬のことで何が起きたかわかっていない彼女が、きょとんとした目で見上げてくる。
「えーと、……どうして?」
「おなかがすいたから」
「食べものならたくさんあるよ?」
「もちろん、今から食べるさ」
 ──お前をな。
 太ももをゆっくりとさすりあげつつ、めったに見せない満面の笑みを浮かべれば、さすがに彼女の目の色が変わった。あたりをきょろきょろ見回し始めたが、あいにく頼みの綱の契約黒猫はあの世で会合に参加していて不在だ。終わったあとは飲み会もあると言っていたし、きっと明日まで帰らないだろう。
「飛んで火に入る、春の花」
 長いおさげ髪を指に絡めてもてあそぶ。夏の虫ならぬ春の花が細いため息をついた。
「それって、ひょっとして私のこと?」
「さて。どうかな」
 彼女を組み伏せたことでとりあえず征服欲は満たされた。でも、まだ腹ペコだ。
 まずは制服の赤いリボンに手をかける。これを一枚ずつ剥いていけば、かぶりつきたくなるような白い肌があらわれるだろう。
 ──今夜のごはんはこれで決まり。
 では早速、いただきます。




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Twitterで九条さんと盛り上がったネタで一筆。
変態りんね×鈍感桜…のつもりです(笑)
りんねをもっと変態チックにするべきだったかな、と後悔。
九条さん、ネタの提供と萌えをありがとうございました!


(2014/10/05)

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