跫音 | ナノ

跫音


 冥府の気配が近い。死神の勘がそう訴えていた。

 りんねは隣の席に視線を遣った。真宮桜は板書をノートに移し書きすることに全意識を傾けている。食い入るように見詰めても一向に気付かない。気付かないのをいいことに、横顔をじっと眺め続ける。
 考えたくもないことだが、近頃りんねは、この同級生から迫り来る死の匂いが香るような気がしてならない。
 何か途轍もなく不吉なものの影が忍び寄っているのではないか、と憂慮している。
 生死の境界に幾度となく立ち会ってきた死神として、彼は誰かの纏う死の気配に敏感だ。事実本人が知りたくなくとも、死神としての勘が伝えてくる時があった。この人間はじきに死ぬ、と。
 自分の知らない人間ならばそのような予知も何とか割り切れる。誰もがいつかは死ぬのだから、仕方のないことだと。なにせ一つ一つの死を惜しんでいては心が持たないのだ。秒針が一つ進むごとに、どこかで誰かが死神の来訪を受ける世界なのだから。
 だが今回はかってが違う。死の気配を漂わせているのは、彼のすぐ隣席に座する少女なのだから。
 それに彼女はただの同級生ではない。
 彼にとって、掛け替えのない人だった。
 りんねは彼女に一方通行の思いを抱いている。なぜ一方通行かと言うと、彼女は彼を特別視するような素振りは微塵も見せないからだ。少なくとも彼自身の目にはそう見えた。
 横顔をじっと見詰める。伏せられた長い睫毛が瞳に翳を落としている。鼻梁の通った整った顔立ちだった。紅もさしていないのに唇は薄っすらとあかく色付いている。
 ──どうか思い過ごしであってくれ。
 生気溢れる可憐な面立ちを瞳に焼き付けながら、りんねは切実にそう願った。
 このひとを失うなど考えられなかった。考えたくもなかった。
 彼が思い詰めているうちに授業終了の鐘が鳴り、ノートを閉じた桜は難しい顔をして自分を見つめているりんねの方を向いて首を傾げた。
「六道くん?どうかした?」
 いやなんでも、と答えようとした時、りんねの肩が強張った。全身が瞬時にして粟立った。
 ひたひたと忍び寄る何者かの跫音(きょうおん)が、確かに耳に聞こえたのだ。人間の発するものとは明らかに異質の足音だった。
 死神が姿を隠して、桜の周りをうろついている。
 彼女の魂を連れていこうとしている。
 いてもたってもいられなくなったりんねは顔面蒼白になって勢い良く立ちあがった。椅子が大きく音を立てて倒れ、休憩時間に入って騒がしかったクラスが水を打ったようにしんと静まり返った。
「六道くん……?」
 桜が訝しげに眉を顰めている。りんねは咄嗟にその顔を見下ろした。冷や水を浴びせられたように寒気がしていた。
「いや……何でもない」
 自分に言い聞かせるように、彼は言った。





end.
 
back


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -