姫と騎士

 家にいるのに飽きて、ぼくは狭い路地をあてもなく歩いていた。
 紺色の古いニットのあまった袖が、ぼくの歩調に合わせてだらしなく揺れる。
 誰のお下がりかはわからないけど、ぼくにはまだ少し大きすぎた。
 ただ歩いてるだけじゃつまらないから、しゃがんで道に落ちている落ち葉を拾う。
 一枚、二枚、三枚。
「何やってるの?」
 ぼくは飛び上がるくらい驚いた。目の前に赤い靴の先が見えて、顔を上げるとそこにリリーがいた。
「や、やあ、リリー」
 長い髪を肩からこぼして、リリーはぼくの収穫をのぞき込んだ。
「落ち葉拾い?」
 近くで見るリリーはうんと可愛くて、なんだか胸が苦しくなる。遠くからでもじゅうぶん可愛いけど。
 朝日で金色に光る長い睫毛にみとれていると、リリーがぼくのセーターの袖をつかんだ。
「これ、ぶかぶかね」
 ぼくは恥ずかしくなって俯いた。格好悪いと言われるのを覚悟した。でもリリーはそれきりセーターのことにはふれなかった。
「今日はお姫様と騎士の遊びがしたいわ」
 丘の上でリリーがくるりと一回転した。ふんわりと花みたいにワンピースの裾がひろがった。真っ白の新しい服を着せてもらって、気分はすっかりお姫様みたいだ。
「それでセブ、あなたはお姫様を守る勇敢な騎士よ」
「騎士?ぼくが?」
「そう。あなたはわたしのために、こわーい怪物を倒すの。剣や、魔法を使ってね」
 そう言って、楽しそうにリリーは笑った。そんなリリーを見ていたら、なんだかぼくもうきうきしてきた。
 ぼくはリリーのために花冠をつくった。リリーはぼくに剣に見立てた木の枝を見つけてきてくれた。
「セブ、これ見て!」
 少し離れたところでリリーが指さしていたものは、近づいてみたらただの切り株だった。これの何がそんなに彼女を誇らしげにさせるんだろう?ぼくが首を傾げていると、リリーはそれにひらりとまたがった。
「これは、馬よ。お姫様が乗る馬。ほら、目を閉じてみてーー」
 言われたとおり、ぼくは目をつむった。
 ーー不思議なことが起きていた。
 切り株がみるみるうちに大きくなって、雪みたいに白い毛の馬になる。それに乗ったリリーは、頭にぼくの花冠を載せたお姫様になっていた。花冠の中から、ダイヤモンドと真珠をちりばめた小さなティアラが見えかくれしている。
「セブにも見えるかしら?」
 ぼくは夢中でうなずいた。
「うん、見えるよ。……すごい」
 白馬に乗ったお姫様は、夢見心地でささやいた。
「わたしはセブを見ているわ。あなたはーーとっても重そうな甲冑を着てる。ーーすてきな剣を持っているのね」
 ぼくは「剣」を振り上げてみせた。それはただの木の枝のはずなのに、まるで本物の剣みたいな重みを感じた。
「姫、このわたしになんなりとお申し付けください」
 言葉がすらりと口から出ていた。本当に騎士になったみたいに。
「わたしはあなたの盾、そして剣だ」
 そのとき、おかしな景色がぼくの頭の中を過ぎった。
 ぼくは剣を持っていた。もう片方の手で、ビーズが連なる房がついた馬の手綱を引いていた。白い馬の上では女の子がぼくを見下ろして笑っていた。刺繍が見事な淡い緑色のドレスを着て、頭に先のとがった帽子を載せたその子は、リリーにどこか似ているようで似てない。
『わたしが姫をお守りします』
 ぼくの口から、知らない誰かが言った。
『この命に代えても、あなたをお守りしますーー』
 はっと目を開けると、リリーが切り株の上から満足げにぼくを見ていた。
 あの騎士も、姫も、白馬も、もうどこにもいない。
「セブルス、あなたって本当はお芝居の才能があるんじゃない?」
 リリーはにこにこしていた。ぼくがまじめに騎士を演じたことが嬉しかったらしい。
「今の台詞、とっても良かったわ。わたし、ほんの一瞬だけ、あなたが本物の騎士に見えたもの」
 そう言うリリーは、めずらしく少し照れてるみたいだった。
 ぼくは枝の剣をもう一度振り上げてみた。
 でも、それはとても軽かった。

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