児戯 | ナノ


児戯




 ハクは真剣に悩んでいた。
 机に頬杖をつき、結びを解いた長い髪を千尋に梳いてもらいながら、頭の中で考えをめぐらせている。
「どうしたものだろう……」
 独り言を聞きつけた千尋が、後ろからひょっこりと顔をのぞかせた。
「何か言った、ハク?」
「うーん。迷っているんだよ」
「迷う?って、何を?」
 ハクは軽く溜息をついた。
「あまり多すぎるのも手に余るが、かといって少なすぎるのも……」
 ああ、あの話ね、と千尋はひとりで勝手に納得した。
 つい昨日、湯婆婆に呼び出されたハクは、新しく整備した庭に植える木や花の買い付けを任されたばかりだった。派手好きな女主人は殺風景を嫌うので、彼女のお眼鏡にかなう華やかな庭に仕上げなければいけない。どの木の株を幾つ、どの花の種をどれだけ買うべきかと、今日の仕事中もハクはカタログを手に考えあぐねていた。
「なかなか決まらないんだ?」
 再び櫛を手に取り、千尋は生真面目な恋人の髪をとかし始めた。洗い立ての真っ直ぐな髪は櫛をなめらかに通していく。
「決められないね。これはとても大切なことだから」
 ハクはきっぱりと言いきった。
 相変わらず使命感の強い人だ。千尋は声を出さずに笑う。
「ずいぶん熱心に考えてるんだね。わたしからのアドバイス、ほしい?」
「うん。ぜひ、聞かせておくれ」
 ふせてあった手鏡を手にとり、ハクは鏡越しに千尋の顔をじっと見やった。
「数が少なければ、それだけていねいに面倒をみてあげられるよね」
「そうだね」
「でも、多ければ多いほど華やかだし、賑やかだし。湯婆婆なら、絶対多い方が好きかも」
 鏡の中でハクが目を瞬かせた。
「湯婆婆の好みは気にせずともいいよ。一番の問題は、千尋が多いか少ないかのどちらがいいかだ」
「……え?そ、そう?」
 少々面食らうも、千尋は気を取り直した。
「わたしはどっちでもいいと思うよ。多ければ多いなりに、少なければ少ないなりにメリットもデメリットもあるんだし。ハクに任せるよ」
「だが、これは私の一存で決められることでは……」
 ハクはますます頭を悩ませ始めたようだった。
「本当にいいのかい?私が決めてしまって。……ああ、迷うな。どちらがいいだろう」
 しばらくそうして頭を抱えていたが、ふいに後ろを振り向くと、いきなり千尋を抱きすくめた。
 驚いて櫛を取り落とした千尋の耳に、ハクは優しくささやきかける。
「私も、多いのも少ないのもどちらもいいと思うんだ。……ただ、もうしばらくの間は、こうして二人きりで過ごしたいかな」
 ハクの肩に顎を乗せたまま、千尋は首を傾げた。
「子供が生まれてしまえば、千尋を独り占めできなくなってしまうからね」
 一瞬、意味が分からなかったが、理解すると顔がのぼせ上がった。
「ち、違う!ハク、違うったら……!」
 押し倒されて夜具の上に折り重なりかけた瞬間、千尋は違う違うと必死に首を振った。
「わたしが言ったのは、庭のお花のこと!」
「えっ?」
「ほら、言ってたでしょ?湯婆婆に頼まれたって!」
 千尋の腹掛けをたくし上げようとした手が、動きを止めた。どこか楽しそうに輝いていたハクの顔が、何とも言えない表情になる。
「……花?」
 呆けたように、彼はつぶやいた。
「なんだ。私はてっきり、私達の将来の家族計画について話し合っているものだとばかり……」
 力が抜けたらしく、ハクは千尋の上にばったりと倒れ込んだ。
「重い!」
 彼の下で手足をばたつかせる千尋。
「……もう動けないよ。身体に力が入らない」
 拗ねたハクはそのままの体勢で目を閉じた。どこぞの正義の味方じゃあるまいし、と千尋はあきれ果てる。
「寝るのはいいけど!お、重いんだってばっ」
「ふん。そなたなど、私の重みでつぶれてしまえばいい」
 と言ってから、自分で可笑しくなったのか、ハクは小さく吹き出した。
「ひどいわ。わたしがヒキガエルみたいにぺしゃんこにつぶれてもいいってこと?」
 ぷっくり膨らんだ千尋の頬を、ハクはくすくす笑いなら優しくつついた。
「ね、千尋。やっぱり、もうしばらくはこうやって二人きりでいたいね」
 ああ、確かにそうかもしれない。
 子供を生んで親になるよりも、わたし自身が、まだまだ遊び戯れる子供でいたい。
 でも認めてしまうのはなんとなく癪で、千尋はハクに背を向けた。
「……しらない。ハクって、時々すごく意地悪なんだもん」
 剥き出しの背中を包み込むように、ハクは彼女を抱いた。
「私が意地悪?……たとえばどんな時に?」
 千尋は口を開きかけて、閉じた。耳まで赤く染まっていた。
「ねえ、千尋。それはこんな時ではないかな?」
 突然、ハクの手が腹掛けの下から中に入ってきた。冷えた手の感触に、千尋の肩がぶるりと震える。
「つ、冷たいよ」
「大丈夫。すぐに温かくなる」
 その言葉通り、こわばった身体が徐々にほぐれて熱を帯びていく。水のように冷たい彼の身体も、彼女の熱を吸い取って火照りだしてきた。
「千尋、そなたはなんてかわいらしいんだろう」
「千尋、私はもうそなたなしには生きてゆけない」
「千尋、どうか目を開けて私を見ておくれーー」
 うわごとのように繰り返される言葉は、心までもとかすようだった。とけて、まざり合い、そして一つになる。
 一度結びつけば、もう二度と解けない。子供の戯れというのは、いつだって本気で挑むものなのだ。
(愛しているよ)
 上気した千尋の頬に、ハクは微笑みながらそっと口づけた。






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