つぐない


 人は生まれながらに罪を担っている。そしてそれを、原罪と呼ぶーー。
 はるか昔、どこかの国の聖人がそう説いたという。
 いわく、男が日々の糧を得るために地を這い回り、女が産みの苦しみに身を裂かなければならなくなったのは、すべての人間が生まれながらに罪人であり、罪をつぐなうべき存在であるためなのだ。
 ーーでは、この私はどうだ。
 この私が生まれながらに背負う罪とは、どれほど重いものなのだろう。


 私には、前世の記憶がある。
 誰に言おうと信じてもらえるはずがないし、信じてもらいたいと願いもしないが、それは確かに私の脳裏にある。魂に刻み込まれていると言っても、過言ではないだろう。
 その記憶の中で、私は化け物だった。
 生きているのか死んでいるのかさえ定かではない、悪しきものだった。
 前世の私は、その醜悪な姿で罪をつくった。たくさん、たくさん、一度の生ではつぐないきれないほどの罪を重ねていった。私はただただ人倫に背くことに夢中で、おぞましい妄執に取り憑かれていてーーいつかつぐないをしなければならない時が来ることを知らずにいた。
 あの時の私に、恐れるものは何もなかった。
 死さえも、この手で握りつぶせると信じていた。
 だがある日、私は、死に負けた。
 そして、つぐないきれない罪を背負って、この私が生まれた。

 父も母も、若くして死んだ。母は私を産んですぐに死に、父は私を養うために、自らに無理を強いて死んだ。唯一の肉親である二人の顔を、私は知らない。
 私という罪深き子を産んだ罪を、両親はつぐなわなければならなかったのだ。
 父は糧を得るために地を這い回り、母は産みの苦しみに身を裂かれた。それでもつぐないにはならなかった。だから最後には、自らの死をもって贖罪とするほかなかったのだ。
 ーー人は生まれながらに罪を担っている。
 私の背負う原罪は、ほかの誰のものよりも重い。やがては私を押しつぶしてしまいそうなほどに。
 だから、私は誰とも深く関わってはいけない。誰かを求めることも、誰かに求められることも許されない。私が欲してしまえば、その人間はかならず贖罪の犠牲になるだろう。
 つぐないのためだけに、私はもう一度この世に生まれてきた。つぐない以外に、この私に与えられるものは何もない。
 この世で私が手に入れることのできるものは、何一つない。


「かごめせんぱーい!」
 首にマフラーを巻いた少女が、後ろを振り返った。長い髪が宙に舞う瞬間は、まるでつかの間の夢を見ているようだ。
「卒業、おめでとうございます!」
「ありがとう、ゆきちゃん」
  いつもどこか翳りのある顔に、その時ばかりは優しい笑顔が浮かんでいた。
「かごめ先輩がいなくなったら、寂しくなっちゃうなあ……」
「……そんなこと言われたら、私も寂しいよ、ゆきちゃん」
「えへっ。そういえばかごめ先輩、家が神社なんですよね?わたし、遊びに行こうかなあ!」
「うん。いつでもおいで、大歓迎よ」
 その時、少女がふと、遠くにいる私を見た。
 ーー息がつまった。
 黒く大きな瞳は、どこまでも澄み渡り、この私の忌まわしい過去までも見抜いてしまうかのようだった。
 見るな、と拒絶する反面、どうか一秒でも長く、見ていてくれーーそう願わずにはいられない。
 私は何も求めてはいけないはずなのに。
 それでも、永遠のように思える時間、微動だにせず、その瞳だけを見つめた。
 どうかもう一度だけ会えたらと、恋い焦がれた人がそこにいた。遠いあの日々と同じ、澄んだ清らかな瞳をして。
 ーーこの一瞬だけが、私のつぐないにおける永遠なのだと思った。
「また、ここに遊びに来てくれますか?」
 後輩にせがまれて、少女は何の未練もなく私から視線を外す。
「もちろん、遊びに来るわよ。何度でも」
 いや、少女は二度とここへは戻らないだろう。私が決して追いかけてはいけない場所へ、きっと少女は帰っていく。

 同じ場所へは、行けない。
 私は罪を背負いすぎているから。

 それでももし、すべての原罪をつぐない、魂を洗い流すことができたら。
 そうしたら、いつかはたどり着けるだろうか。
 ーーあの少女がいる場所へ。






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