( 星結び )



 月の下で逢引をかわすことの、なんと風雅なことか。
 風がゆるやかに吹いている。草葉の陰から聞こえる虫の音は、囁きのように静かで、けっして私達の会話の邪魔をしない。
 会話といっても、ほとんど私が一方的に話すだけで、相手は相槌すら返してくれないけれど。
 話が途切れたときに、ふと隣を見上げてみれば、冷えた月明かりに照らし出される想い人の横顔は、月の宮に棲む仙女のように美しい。
 もちろん、そんなことを口に出して言えば、この人は不愉快そうに眉根を寄せるだろう。男の人が、女の人のように美しいと言われて、喜ぶはずがない。
「ーー何が可笑しい?」
 私は慌てて表情を引き締めた。
「な、何でもないよ。ちょっと想像しちゃっただけ」
「何を想像していた?」
 その透き通る金の眼にじっと見つめられると、吸い寄せられてしまうような錯覚に陥る。
 心の芯から骨抜きにされる前に、視線を逸らした。火照る顔を冷ますように、風にさらしながら、もう一度夜空を見上げてみる。
「殺生丸さま」
「……何だ」
「今夜は、月が綺麗ですね」
 殺生丸さまは何も言わない。
 この人が風流を解するかどうかは分からないけれど、出来ることならこの感動を分かち合いたかった。
「あの月が、殺生丸さま。あの小さな星が邪見さまで、その隣で光ってる星が、りんでーー」
 そう言いながら、月と星を、指先で結んでみる。
 私の指先と夜空とを、殺生丸さまは交互に見比べている。
「殺生丸さまは知ってる?人は、星と星をこうやって結ぶんだって。でね、それを、星座って呼ぶんだって」
 星座、と殺生丸さまは、初めて聞く言葉を噛みしめるように呟いた。
「かごめ様に教えてもらったんだよ。物知りだよねえ……」
 私は草原に仰向けになって寝てみた。頭の上で、まるで衣擦れの音のように、すすきがさらさらと揺れている。赤とんぼも飛び始めていた。ちょうど真上に少し欠けた月があった。
「そういえばーー星座には名前があるって、かごめ様が言ってた。りんたちの星座は、何ていう名前がいいかなあ」
 真剣に悩む私の隣に、殺生丸さまは腰を下ろした。片膝を立てて、顔を斜めに傾けて私を見下ろしながら、
「りん。星の名など、どうでもいい」
 長い指で、私の口に入った髪の一筋をはらう。
 その仕草がとても優雅で、自分の胸が高鳴るのが分かった。
「ーー星はつまらぬ。いつでもそこにある」
 銀色の髪が、肩口から水のようにこぼれた。月にかぶさるその人の顔は、眩しくて、まっすぐに見ているのが難しい。
「でも、星は綺麗だよ。どれだけ見てても飽きないもん。殺生丸さまほどじゃないけど……」
 薄い唇から、一瞬かすかな笑いがもれた。
「ならば、私を見ていろ」
「いま、見てるよ?」
「これからも、だ。いつまでも、私だけを見ていろ」
 殺生丸さまの顔は、月明かりが明るすぎてやっぱりよく見えない。よく見えないその顔に向かって、私は手を伸ばす。
「百年先も、千年先も、りんは殺生丸さまのことを見てるよ。ーー殺生丸さまも、りんを見ていてくれる?」
 答える代わりに、殺生丸さまは長い睫毛を伏せた。私が伸ばした手に、長い指を絡める。
 殺生丸さまは、何かを思い悩んでいるように見えた。それが何なのかは、私には分からなかったけれど。
「人が星を結ぶのは、空がめぐってもまた、その星を見つけられるようにするためなんじゃないかなあ……」
 私は殺生丸さまの手を握り締めた。鋭くて、冷たくて、猛毒の通った、誰よりもやさしい手。私を生かしてくれた、手。目を閉じて、その手に頬をすり寄せる。
「あの星を覚えていてね、殺生丸さま。ーー離ればなれになっても、どこにいても、りんを見つけられるように」
 殺生丸さまからの返事はない。それでも、彼が静かに夜空を見上げているのが、分かった。



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