Look at me 「あなたって、何を考えているか分からないわ」 大鍋の中身をのぞき込みながら、藪から棒にリリーが言った。 授業後、ふたりで薬学教室に居残り、課題で出された魔法薬の調合や効能をあれこれ試行錯誤していた時のことだった。 何の脈絡もなく急にどうしたんだろう。疑問に思いながらも、教科書から顔を上げずにセブルスは答えた。 「もちろん今は、この『愛の妙薬』のことを考えているよ」 言いながら、教科書の記述に羽根ペンで加筆する。 「今は、じゃないわ。いつも、でしょう?」 杖で煙をからめ取るような動作をしながら、からかい口調でリリーは言う。 「あなたの頭の中って、きっと魔法薬と怪しげな呪文のことでいっぱいなのね」 セブルスは机の上に羊皮紙を広げながら小さく溜息をつく。 「怪しげな呪文って、何だい?」 「いつも『闇の魔術』の本を読んでいるわ。呟いてる呪文だって、何だか危なそうだもの」 不満そうにリリーは眉を動かす。 「でも、今は『愛の妙薬』で頭が一杯だ」 セブルスは長いスプーンで大鍋の中身をかき混ぜた。それは透き通った透明色で、のぞき込む彼自身の顔を鏡のように映し出した。 「無色透明。まるで水のようだ。これじゃあ、かぼちゃジュースに盛られたとしても気付かないだろうな」 「じゃあ、試してみる?」 リリーがくすくすと笑った。セブルスは小首を傾げながら羊皮紙に羽根ペンを走らせる。 「誰で試すんだい?」 「もちろん、あなたで」 がり、と紙の上でペンがおかしな音を立てた。インクの染みがじわじわと広がっていく。 「き、君のせいで羊皮紙を無駄にしたじゃないかっ」 セブルスはその紙をくしゃくしゃに丸め、後ろへ放り投げた。黒髪から覗いた耳がほんのりと赤くなっていた。 「だって、たまにはわたしのことも考えてほしいから」 リリーは口元を手で覆いながら微笑んだ。堅物な幼なじみをからかうのを楽しんでいるような口振りだった。 「いつもいつも、難しい本と睨めっこしてばかり。本と親友になるつもり?わたし、やきもちを焼いてしまいそうよ」 ふいに、彼女は真顔になった。間近で見るその表情に、セブルスは思わず呼吸を忘れる。 「時々でいいからーー」 ほとんど吐息だけでリリーは囁いた。 「本じゃなくて、わたしの目を見てほしいわ」 ぽこぽこ、と魔法薬が煮えている。 机に両手をついて、もう随分長いことセブルスは大鍋の中身を観察し続けていた。 新しい羊皮紙は既に隙間なく文字で埋められている。それでもまだ足りないから、後で寮に帰ってから改めて続きを書くだろう。 セブルスは小瓶に出来上がった魔法薬を注いだ。それを夕日に透かしながら、小さく振ってみる。 ーー彼女に内緒にしたことがある。 つねに彼の頭の中にあるもの。四六時中考えられずにはいられないもの。 それは、魔法薬と闇の魔術だけではなかった。 「……恥ずかしくて、言えやしないけどね」 セブルスはかすかなはにかみ笑いを浮かべた。 一目見たときから、目が離せなくなった。 彼女のことを考えずにはいられない。思わずにはいられない。 愛の妙薬など、今更いったい何の役に立つだろう。 もうこれほどに心を奪われてしまっているというのに。 魔法薬も闇の魔術も、すべて彼女の目を引くための道具に過ぎない。 その美しい緑色の目を。 end. ×
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