名残


 あれ、と六文は首を傾げた。
「りんね様、その肩……」
「ん?」
 今し方脱いだTシャツを畳の上に投げ捨てながら、りんねは振り返る。首筋の辺りが少し汗ばんでいた。
「なにか言ったか、六文」
 六文はあぐらをかいて座る主の背中をよじ登ると、そのむき出しの肩をしげしげと見つめた。
「なんですか?この傷」
「傷?」
「ほら、ここが赤くなってます」
 団扇で自分の顔を扇ぐりんねの目が、六文が凝視しているほうの肩に吸い寄せられた。その瞬間、なぜか彼は赤面した。
「こ、これはっ……」
「歯形、でしょうか?」
「ち……違う!」
 大袈裟に首を振って否定するりんねだったが、その様子がどうもあやしい。
「……なんでそんなに必死になってるんです?」
 不審のまなざしで見つめる黒猫から、死神の主は気まずそうに目を逸らした。今や耳の先まで赤くなり、ほてった顔を冷ますように一生懸命に団扇を動かしている。
「と……とにかく、これはなんでもないんだ。だからこの話題は、これでおしまい」
「なんでもないわけがないじゃないですか」
 六文はむっとした。
「見てください。こんなに赤くなってますよ?しかも、いくつも同じ歯形が……」
「だからっ、それは歯形なんかじゃないんだっ!」
 居たたまれなくなったのか、りんねが悲鳴のような声をあげた。が、主の身を案じてやまない黒猫の耳には、残念ながら届かなかったらしい。
「いったい、誰にこんな所を噛まれたんですか?」
「……」
 りんねの端整な顔を汗がたらたらと伝い落ちるのを、六文はただ純粋に主を思う一心で見つめ続けた。
「……別に、わざと噛まれたわけじゃない」
 なぜか団扇で顔を隠しながら、りんねがそう呟いた。
「むしろ、おれが噛ませた」
 六文は、さっぱりわけがわからないという顔をしていた。りんねの声がますますしぼんでいった。
「そうしないと、その、声が……聞こえてしまうかと……」
 一応真夜中だったし、彼女の部屋だったから、などとぼそぼそ呟くりんねだが、六文には彼が伝えようとしていることがまったく分からなかった。
「桜さまに肩を噛まれたんですか?真夜中に、何度も?」
 わけがわからない、という顔で六文は首を傾げた。
 りんねは答えずに、膝に顔を埋めた。そしてそのまま膝を抱えて、畳の上に寝転がった。
「……六文」
 いたずらが見つかった子供のような声で、彼は言った。
「どんな顔をして会えばいいか、わからなくなったじゃないかーー」
 窓辺で風鈴がちりんと鳴った。



end.




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