スペルバウンド 2


 それは、唐突に心の奥底から湧き出てきた。
 まるで、堰を切ったように。
 呪縛が解けたように。

「すべては終わったのよ」
 妻が涙ぐみながら息子を抱きしめるのを、屋敷の主は静かに見守った。
「私達を苦しめてきたあの方は、もう滅びた。もう、あなたにつらい思いをさせることはないわ……」
 ナルシッサの啜り泣く声が部屋を満たした。ルシウスは妻の華奢な肩をそっと抱いた。
「ーーそうだ。すべては終わった」
 もう片方の腕で、彼はドラコも包み込んだ。その腕はかすかに震えていた。
「だからもう、私達は、自由だ」
 ーー自由。
 その言葉に、どれほど憧れただろう。
 この屋敷に閉じこめられてからというもの、彼らは鳥かごの中の鳥よりも惨めな思いを味わっていた。
 もう、囚われの身ではないのだ。
 誰の指図も受けず、自由に外を歩くことができるーー。
「……父上」
 いままでうつむいて黙っていたドラコが、ふいに口を開いた。
「僕達は、自由になったのですね」
 ルシウスは、感慨をこめてうなずいた。
「もちろんだとも、ドラコ」
「では、僕は、死喰い人から解放されたのですね」
「その通りだ。ーー自分の腕を見てごらん」
 ドラコは袖を捲り上げ、腕に刻まれた闇の印が消えたことをみとめた。その肩がわずかに震えた。
「父上、母上ーー」
 顔を上げたドラコの目には、強い意志がやどっていた。
「僕に、自由をください」
 ドラコは、かつて印のあったところを強く掴んだ。氷のように冷たかったそこは、血が通っていて温かかった。
「迎えに行きたい、ひとがいます」
 すべては終わった。
 そしてここから、ふたたびすべてが始まるのだ。


 ーーどうして今の今まで、こんなに大事なことを忘れていたんだろう。
 壊滅的な状態にあるホグワーツ城の中で、彼女は途方に暮れた。
 城に残る激戦の傷痕よりも、自分が思い出した傷のほうに心をとらわれた。
 傷を受けたことすら、忘れていた。
 幸せだったことも、つらいことも、すべて心の奥底に封じ込められていた。
 ーー会いに行かなければ、と思った。
 彼に会って、この気持ちを確かめなければ。
 でも、自分にはもう大切なひとがいる。
 彼を裏切ることができるだろうかーー。
「ハーマイオニー!」
 遠くで、ハリーとロンが手を振っていた。
 彼女の足が竦む。
 ……あの居場所を失ってまでも、あのひとのところへ行くというの。
 そんなことが、ほんとうにできる?



To be continued

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