それは、唐突に心の奥底から湧き出てきた。
まるで、堰を切ったように。
呪縛が解けたように。
「すべては終わったのよ」
妻が涙ぐみながら息子を抱きしめるのを、屋敷の主は静かに見守った。
「私達を苦しめてきたあの方は、もう滅びた。もう、あなたにつらい思いをさせることはないわ……」
ナルシッサの啜り泣く声が部屋を満たした。ルシウスは妻の華奢な肩をそっと抱いた。
「ーーそうだ。すべては終わった」
もう片方の腕で、彼はドラコも包み込んだ。その腕はかすかに震えていた。
「だからもう、私達は、自由だ」
ーー自由。
その言葉に、どれほど憧れただろう。
この屋敷に閉じこめられてからというもの、彼らは鳥かごの中の鳥よりも惨めな思いを味わっていた。
もう、囚われの身ではないのだ。
誰の指図も受けず、自由に外を歩くことができるーー。
「……父上」
いままでうつむいて黙っていたドラコが、ふいに口を開いた。
「僕達は、自由になったのですね」
ルシウスは、感慨をこめてうなずいた。
「もちろんだとも、ドラコ」
「では、僕は、死喰い人から解放されたのですね」
「その通りだ。ーー自分の腕を見てごらん」
ドラコは袖を捲り上げ、腕に刻まれた闇の印が消えたことをみとめた。その肩がわずかに震えた。
「父上、母上ーー」
顔を上げたドラコの目には、強い意志がやどっていた。
「僕に、自由をください」
ドラコは、かつて印のあったところを強く掴んだ。氷のように冷たかったそこは、血が通っていて温かかった。
「迎えに行きたい、ひとがいます」
すべては終わった。
そしてここから、ふたたびすべてが始まるのだ。
ーーどうして今の今まで、こんなに大事なことを忘れていたんだろう。
壊滅的な状態にあるホグワーツ城の中で、彼女は途方に暮れた。
城に残る激戦の傷痕よりも、自分が思い出した傷のほうに心をとらわれた。
傷を受けたことすら、忘れていた。
幸せだったことも、つらいことも、すべて心の奥底に封じ込められていた。
ーー会いに行かなければ、と思った。
彼に会って、この気持ちを確かめなければ。
でも、自分にはもう大切なひとがいる。
彼を裏切ることができるだろうかーー。
「ハーマイオニー!」
遠くで、ハリーとロンが手を振っていた。
彼女の足が竦む。
……あの居場所を失ってまでも、あのひとのところへ行くというの。
そんなことが、ほんとうにできる?
To be continued
back