Angelolatry
(※195話 その後)



 その少女の横顔を、りんねは飽きることなく見つめていた。さっきまでは冷たい仮面のように微動だにしなかったその顔が、笑ったり、驚いたり、呆れたり、色とりどりの表情を作り出していく様子を。どこか遠かったその目が、時折しっかりと彼をとらえてくれるのを。
 心を閉じないでくれて良かった。心の底からそう思う。
 彼女の心は本当に計り知れない。
 どんなにみじめな姿を見せても変わらずに接してくれる。どんなに厄介で危険な目に遭わせても臆することなく側にいてくれる。かと思えば、何気ない一言がその心に蓋をしてしまう時がある。
 底の見えない水のように深く、穏やかで、だからこそ溢れさせると空恐ろしい。
 それが真宮桜という人だった。
「……六道くん?」
 視線に気付いた彼女が、箸の動きを止めてりんねを見る。
「私の顔に何かついてる?」
 りんねは首を横に振った。
「じゃあ、どうして見てるの」
 りんねが答えに窮したような顔をした。不思議そうに肩を竦め、桜は再び会話の中に戻っていった。
 ーー見ていたいから見ていた。それではいけないだろうか。
 目まぐるしく変わる表情を見ていたい。その目線の先に何があるのか知りたい。いつだってそう思っている。一緒にいる時間を惜しまなくてもいいように、一秒でも長く側にいてくれたらいいのに、と。
 思いを巡らせながら、りんねは最後の卵焼きに箸を伸ばした。
 誰かの箸がぶつかった。
 顔を上げると、すぐ隣で桜がかすかに口を開けて彼を見ていた。
「す、すまん」
「ごめんね」
 声が重なる。りんねは小さく咳払いをして、箸を引っ込めようとした。
「あ、いいよ」
「俺はいいから」
「いいの。六道くんが食べて」
 手で促す仕草をする桜は、やけに嬉しそうな顔をしていた。彼女の急な変化にりんねはまごついた。
「この卵焼き、気に入ってくれた?」
「あ……ああ」
「そっか。良かった」
 桜は上機嫌に頷いた。
「六道くんのために作ったんだから、六道くんに気に入ってもらえないと意味ないもん」
 りんねはその言葉に深く心を打たれた。感極まり、頬を上気させながら言う。
「真宮桜が心を込めて作ってくれた弁当だ。この俺が、気に入らないはずがない」
 勢いのままに手を握ると、桜は目を丸くした。視界の端で沫悟が衝撃のあまり口をあんぐり開けているのが見えた。けれどりんねは気にもとめなかった。
 桜の眼差しが少しずつ和らいでいった。
 抱き止めるとまるで天使のように軽くて、笑うと天使のように優しい顔をする彼女。思いを寄せてやまない人。いつか背中に羽根を生やして飛んでいってしまわないように、しっかりつなぎ止めておかなければ。
「いつもありがとう。……感謝している」
 桜は無垢な微笑みを浮かべた。
「……どういたしまして」




end.


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