Driving you into the Corner  【境界のRINNE りんさく】



 冬の夜は駆け足でやってくる。
 いつものように、放課後のクラブ棟で取り留めもない話をしていたら、いつのまにか外が暗くなっていた。
「危ないから、家まで送っていく」
 そんなりんねの申し出を桜がありがたく受けるのは、これもまたお決まりのこととなりつつある。
 今日も二人は街灯の明かりの下を並び歩いていた。
 歩道に落ちる二つの影は付かず離れずの距離を保ったまま、速くも遅くもない速度で、前へ前へと滑っていく。
 りんねは黄泉の羽織の袖に両腕を差し入れながら、静かに桜の足が家路を踏むのにしたがっている。
 時折彼女が思い出したように何かを話し始めると、視線を前から横に移して、頷いてみせたり相槌を打ったりする。
 ふいに会話が途切れても、二人とも焦って次の話題を探したりはしない。
 この二人にとっては、沈黙が苦ではなかった。
 黙っている時ほど、互いの存在が近くに感じられる時はない。
 あえて言葉に出さなくても、二つの心はいつも同じことを思っていた。
「今日も月がきれいだね」
 のんびりと、夜空を見上げながら桜が言う。ふっくらとした月は、そろそろ満月になろうかという具合だ。
「三日月堂の二人、最近はあんまり来ないね?」
 りんねは鼻を鳴らした。
「しつこいセールスを受けずに済んで、俺としては大助かりだ」
「あの二人って、たまにとんでもない商品を買わせようとするもんね」
「たまに、じゃなくいつも、だ。まったく……やつらに関わるとろくな目に合わん」
 煩わしげにりんねは眉をひそめる。そんな彼を見て桜は少し笑った。
 ふいに、ちりん、と後ろの方で音が鳴った。
「――危ない、真宮桜」
 咄嗟に、りんねがかばうように、塀に彼女を押しやった。
 車輪のまわる音が迫ってきた。かと思うと、桜の目の前で、あっという間に自転車がりんねの身体を擦り抜けていった。
「怪我はないか……?」
 両手を塀について桜を囲ったまま、すかさずりんねが聞いてくる。少し焦ったような様子だった。
「自分のことは心配じゃないの?」
「え?」
「――六道くん」
 桜は彼の目を食い入るように見つめた。
「幽体化してるって言ったって、自転車が身体を通り抜けていったんだよ。ふつう、私より自分の身体を気にするでしょ」
「そ、そうか?」
 なんだか責められているような気がして、りんねはたじろいだ。
「すまん。焦っていて、おまえのことしか頭になかった」
「……」
「でも俺なら大丈夫だ。黄泉の羽織を着ているし、それに――」
 そこで言葉がぷつりと途切れた。
 頭の中で、突如として歯車の回転が鈍ったように、彼は思った。
 目に映る桜の動作の、そのひとつひとつが、ひどくゆっくりとしたものに感じられた。
 両手で彼の頬を包み込んで、少し下を向かせる。目を合わせ、声もなく微笑みかける。そしてつま先立ちをして、目を閉じる――。
 唇に、花びらがそっと触れたような感触があった。
 そのまま、すぐに離れていこうとしたのを、ふたたび追い掛けるようにして重ね合わせる。
「だめだよ、誰か通るかも」
 人目を気にして桜は顔を背けた。
「誰が通ろうが、そんなのどうでもいい」
 りんねはきっぱりと言った。力強く抱きすくめられて、彼女は息をのむ。
「――だめ、六道くん」
「だめじゃない」
「やめようよ、こんな所で――」
「やめない」
「でも……」
「先にしてきたのは、おまえだ。真宮桜」
 りんねは桜の顎に手をかけた。親指で微かに彼女の下唇を押し開ける。その口元にいたずらっぽい微笑みが浮かんでいた。
「おまえがいけないんだ。キスなんてするから」
 桜は負けじと口角を持ち上げた。挑むように、彼を見る。
「しょうがないでしょ。……だって、好きなんだから」
 思わぬ不意打ちに、破竹の勢いだったりんねが言葉につまった。
 その隙を見逃さずに、彼女は両腕を彼の首に回して、深く唇を合わせた。
 角度を変えて、何度も口づける。互いに馴れないながらも探り合うかのように。
 熱を持て余しながらりんねは呟いた。
「もう一回、言ってくれないか」
「何を?」
「さっきの――」
 彼の腕の中で桜は笑った。
「じゃあ、六道くんも言って?私だけ言うなんて、不公平だから」「……それもそうだな」
 額を突き合わせて二人は破顔した。
 りんねは、彼女の耳元に唇を寄せて、いつも胸の奥で大事にしまってある言葉を引き出した。
 珍しくはにかんだような笑顔を浮かべた桜を見て、彼の中でより一層愛しさは募るばかりだった。





end.


(2013.02 Clap)
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -