愛の妙薬 Act.8



「――私の心が欲しい、ですって?」
 ハーマイオニーは静かな声で彼の言葉を繰り返した。
「そうだ。君の心が欲しい、グレンジャー」
 そのアッシュブルーの瞳を潤ませながら、ドラコは言う。
「そう。なら、あげる」
 と、事も無げにハーマイオニーは微笑んだ。
「今、私はあなたに恋しているわ。私の頭の中は、寝ても覚めてもあなたのことでいっぱい――」
「……」
「だからね。私の心は、マルフォイ、あなたのものよ」
 ドラコの目が、驚愕に見開かれた。かと思うと、突然、泣きそうな形に歪んだ。
「――ちが、う」
 あるかなしかの声で、ドラコが呟いた。彼女は耳をそばだてる。
「今、なんて言ったの?」
「違う――違うんだ」
「違うって、何が?」
「グレンジャー、君は勘違いしてるよ」
 悲しそうにドラコは言った。
「君は、僕に恋してなんかいない。よく思い出してみろ。本当の君は、僕のことなんか大嫌いなんだ。それなのに、この僕が――」
 俯くドラコの肩が、ぶるぶると震えている。ハーマイオニーは少し困ったような顔をした。
「私があなたのことが大嫌い?どうしてそう思うの?」
「……そう思うに決まってるさ」
「だから、どうして?」
「だって、ずっとそうだった」
「信じてくれないの?私があなたを好きだってこと」
「信じられないよ。なぜなら、君は、君は――」
 ドラコはゆっくりと顔を上げた。冴えざえとした月光が彼の顔を照らし出している。その青白い頬を、か細い涙が伝っていた。
 ハーマイオニーは息をのんだ。
「マルフォイ――泣いているの?」
 鼻の奥がつんと痺れる。ドラコは歯を食い縛った。
 むせ返るような香りを放つ、色とりどりの薔薇。星座たちがひしめく夜空。月光を浴びるホグワーツ城。彼女に見せたかった景色が、涙に霞んでよく見えない。
「――君は『愛の妙薬』を飲んだんだ、グレンジャー」
 風の音が、やんだ。波打つハーマイオニーの髪が、肩にはらりと降り落ちた。
「僕が飲ませた。君のゴブレットに仕込んで。どうしても君に振り向いてもらいたかった――どんな卑怯な手を使ってでも」
 ――その瞬間、ハーマイオニーの瞳から、燃え燻る炎がかき消えた。
 少なくともドラコは、そう思った。それでも告白は止まらなかった。
「偽物の恋でもよかった。最初はそれでも満足だった。でも、それじゃ、やっぱりだめなんだ……」
 ――頼むから、そんなに簡単に、僕を好きだなんて言わないでくれ。
 彼は言葉を詰まらせた。
「君の心を騙してまで、君を手に入れようだなんて、僕は――どうかしてた」
 ハーマイオニーは、彼の告白を聞く間、ぜんまいの切れた仕掛け人形のように、微動だにしなかった。その沈黙が、より一層ドラコの自責の念を重くした。
「ごめん――」
 ガラス玉のような彼女の瞳を覗き込みながら、彼は沈痛な表情をした。
「生まれて初めて、心の底から謝るよ。本当に、本当にごめん……」
 反応は、ない。
 ドラコは遠慮がちに、そっと、動かないハーマイオニーを抱き締めた。
 可哀相に――胸が痛んだ。
 毛嫌いしていた男に「愛の妙薬」など飲まされて、心に深い傷を受けてしまったことだろう。自分の浅はかさが呪わしくて、ドラコは涙が止まらなかった。本当に彼女を愛しているなら、こんなやり方で奪うのではなく、正面から堂々と向き合うべきだったのに――。
「本当はね……」
 ドラコは目を閉じて囁いた。
「グレンジャー。僕は、君のことが好きなんだ」
「――」
「誰よりも、君を見ていたいんだ」
「――」
「僕は君を愛してる。もう随分前から、ずっと。……まあ、覚えててくれなくても、いいけどね」
 ドラコは寂しそうに微笑した。そのまま数歩、後ろへとにじり下がる。
「グレンジャー」
 彼女の額に杖先を突き付けて、
「――全部、忘れてくれ」
 絞りだすように彼は言った。
 再び――
 ハーマイオニーの目に、炎が揺らめいた。





To be continued

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