Blossoms in December 暦が師走に移ろったとたん、三界の街はまた一段と寒さを増したようだった。 朝晩は氷点下近くまで冷え込むようになった。路面には霜が降り、白い空で雲は凍り付いたように動かない。痩せ細った枯木が北風にびゅうびゅう吹かれてとても寒そうだ。 「さ、む、い……」 空の百葉箱のかたわらで自分を抱き締めるような格好をしたままりんねはがちがちと歯を鳴らせて震えている。マフラーを巻いてはいるものの、真冬に薄っぺらいジャージに羽織一枚では凍えるのも無理もない。 「六道くん、鼻がトナカイみたいになってるよ」 桜はコートのポケットに入っていたティッシュを渡しながら気の毒そうにいった。 「クラブ棟、ヒーターないんだよね。寒いでしょ?」 「ああ……。部屋にいようが外にいようがたいして変わらんな」 鼻声だ。ティッシュで鼻をかんでもかんでも鼻水が出る。風邪のひきはじめかもしれない。 だとしたら桜にうつしても良くないので、今日は早めに引き上げたほうがいいだろう。りんねは赤くなった鼻をすんとすすった。 「今日は依頼が無いようだ。真宮桜、おまえはもう家に帰ったほうがいい」 「でも……」 りんねをひとりクラブ棟の極寒地獄に置き去りにするのは気が引けるのだろう。桜はなかなか動こうとしなかった。 「六道くん、風邪ひいてるみたいだし……。心配だよ」 「……」 気になっている女子にこうも心配をかけなければならない自分の境遇がりんねはほとほと情けなく思えてくる。 そっと溜息をついた時、不意に隣で桜が手のひらを打ち鳴らした。 「ねえ六道くん、うちに来ない?」 りんねははっと顔を上げて目を見開いた。寒さが一瞬で消し飛んだようだった。 「真宮桜の家に?」 「うん。温かいもの食べて、少し暖まったほうがいいよ」 「い、いいのか?突然お邪魔して」 「全然大丈夫。ママにはメールしておくから」 鞄から携帯を取り出してメールを打ちながら、桜は校門のほうに歩き出す。 りんねは嬉しさのあまり軽やかにスキップしながらその後に続いた。 りんねは以前も一度入ったことがある桜の部屋に通された。 桜が階下に下りていってひとりになった途端、堪え切れなくなって思い出し笑いを浮かべる。 『六道りんねくんよね。いつも桜があなたの話をしているわ』 玄関で桜の母がいったことを思い起こす。 『真……桜さんにはいつもお世話になっています』 少し緊張しながら頭を下げたりんねに、彼女の母は感心の眼差しを向けた。 『桜の言う通り、しっかりした男の子ね』 回想を終えたりんねはにやけ顔でそばにあった不細工なぬいぐるみを抱き締めた。 ――真宮桜が家で自分のことを話していた。母親に、俺のことをしっかりした男子だといってくれている。 それを知るだけで心の芯まで暖まるようだった。 温かいミルクティーとお菓子をトレイにのせて桜が戻ってきた。珍しくやけに浮かれている様子のりんねが、何かを腕に抱き締めているのが目に入る。 「それ、気に入った?」 急に背後から声をかけられて、りんねは大袈裟なリアクションをとった。 「す、すまん、勝手に触る気はなかったんだ!」 「別に触る分には構わないけど」 桜は屈託なく笑った。 「それ、もともと六道くんにとってもらったものだし」 りんねは背中に隠した不細工なぬいぐるみを前に持ってきて、まじまじと見つめた。 「そういえば見覚えがある……」 桜が悪戯っぽく目を細めた。 「返してほしい?」 「……返してくれるのか?」 「だめ。だって、大事にしてるから」 冬なのにここは桜の香りがする。甘ったるい、いつまでも浸っていたいような香り。 「彼女に大事にしてもらっているんだってな。幸せ者だな、おまえ」 イルカのぬいぐるみに語り掛けながら、りんねははにかみ笑いを浮かべた。 夕飯が出来上がったのを知らせに戻ってきた桜は、ぬいぐるみを抱き締めたまま心地よさそうに微睡む彼の姿を目の当たりにする。 end. (2012.12-2013.01 拍手) ×
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