ゆく年 あとひと月足らずで年明けだ。 辰年――龍の年がじきに終わりを告げようとしている。 日本全国から八百万の神々や魑魅魍魎が集う不思議の街には、いつになくたくさんの龍が訪れていた。 油屋はその恩恵にあずかっている。 「金龍、銀龍、青龍、赤龍……今日のお客さんも龍ばっかりだね」 吹き抜けの階上の欄干から身を乗り出して湯煙のたつ湯殿を見下ろしながら、千尋がつぶやいた。 となりでお馴染みの白い水干姿のハクが相槌を打つ。 「辰年の間中、人間たちに祭り上げられて、龍は皆くたくたなんだよ」 「ふーん……」 たしかに、長い尾を縁から垂らして風呂釜の中におさまる龍たちは皆ぐったりしており、疲労困憊しているように見えた。 「やれ辰年だと人間に祭り上げられてしまうと、龍はついつい張り切り過ぎてしまう。だから師走にはこうやって疲れが出てしまうんだ……」 まるで自分のことのように語るハク。それもそうだろう、ハク自身も龍の身であるのだから。 千尋は簾を巻き上げているハクの顔を横から覗き込んだ。 「ハクだって疲れてるんじゃない?」 「私が?――いや、私は大丈夫だよ」 「でも、今年は辰年だからって随分こき使われてたみたいだし」 ハクは苦笑した。千尋の言う通りだったのだ。今年は辰年ということで、縁起かつぎにといって集会や宴会にハクを呼びたがる神々が多かった。時には不思議の街から遠く離れた地まで出張らなければならなかったほどだ。 「こんなに働いたんだから、大晦日くらいはお休みもらってもいいんじゃない?」 千尋が唇を尖らせながらいう。 「わたし、できればハクと二人で年越ししたいな……」 「それはいいね」 ハクはほんのりと笑った。 「二人でこたつに入って、テレビ見ながら、年越しそば食べて……」 「うん」 「ハクと一緒に、除夜の鐘をききたいな」 「いいね」 「……でも、無理なんでしょ?ハクが大晦日に休めるわけないよね」 残念そうに肩を落としている千尋を横目に、ハクはくすりと笑った。 「――千尋、そなたと私は以心伝心だ」 「え?」 横を向いた千尋の唇に、ハクはみずからの唇を優しく重ね合わせた。 二人のすぐそばで、ハクが巻き上げた簾がすとんと落ちた。 「ハ、ハク……!?」 目を白黒させる千尋を抱き締めて、ハクは微笑む。 「大晦日は、もう休みをとってある」 「えっ!?」 「私もね、千尋と二人きりでゆく年を送りたかったんだ」 「いつのまに……」 千尋が投げ掛けようとした質問をハクは唇で遮った。 「今年は忙しさにかまけて、そなたをほったらかしにしてしまったね」 声を落として、彼女の耳元に囁いた。 「……ゆるしておくれ。大晦日の夜は、うんとかわいがってあげるから――」 かすれた声で艶めかしく言われて、千尋は心のなかで悲鳴を上げた。 やけに嬉しそうにハクが笑った。 end. (2012.12-2013.01 拍手) ×
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