吉祥如意


 
 かごめは昨夜、不思議な夢を見た。
 鴛鴦、鳳凰、比翼の鳥が、五色の彩雲たなびく空を優雅に飛んでいる。比目の魚が美しい鱗をきらめかせながら、蓮の浮く池を泳ぎ回っている。みっしりと実をつけた連理の枝が、風にかすかに揺れている。双蝶が可憐な花と戯れている。
 これを楓に打ち明けると、果たしてそれはめでたい夢であるという。その夢に現れたものはいずれも仲睦まじい夫婦を示すものであり、すなわち二人が末永くよい夫婦であり続ける啓示であろう、と。
 嬉しくなって、早速かごめは昨夜夫となったばかりの半妖にこれを伝えた。すると彼が驚きに目を丸め、手から齧りかけの餅をぽろりと落とした。
「その夢なら、おれも見た」
「えっ?本当に?」
「ああ。まるっきり同じ夢だった」
 鼻の頭を指で掻きながら、犬夜叉は気恥ずかしいのか、ふいと視線を逸らした。
「普段は夢なんて見ねえのによ。よりにもよって、かごめと夫婦になった夜に、かごめと同じ夢を見るとはな……」
「犬夜叉――」
 かごめは頬を上気させながら、俯いた。視界の端にきちんと畳まれた布団がちらつく。昨夜はあの布団に、二つの枕を並べたのだ。夫婦になってから迎える初めての夜だった。あの布団の中で二人は結ばれ、心を通わせて、同じ夢を見た。かごめの瞳が涙に潤んだ。幸せ過ぎて、今もまだ夢を見ているような気がした。
「――夢じゃねえぞ」
 突然、まるでかごめの心中を汲み取ったかのように、犬夜叉が言った。三年の時を経ても、以心伝心、互いの心はつながったままだ。
「おれとおまえは、夫婦になったんだ」
「……うん」
「こうなったからには、もう、寂しい思いはさせねえ」
 犬夜叉はかごめの手に指をからめ、強く握り締めた。彼女がゆっくりと顔を上げる。
「一緒に生きていこう、かごめ。いつまでも、どこまでも、おれたちは一つだ」
 牙をちらりと見せて、犬夜叉は笑った。
 ふいに、かごめの脳裏に昨夜見た夢がよみがえる。
 雄と雌が羽を重ねてはじめて飛ぶことのできる鳥。二匹並ばなければ泳げない魚。犬夜叉とかごめも、彼らに似ていた。一人ではできなかったことが、二人ならできた。四魂のかけらを集める旅の最中、そんなことが数多くあった。そうしていくうちに、いつしか互いが傍にいることが当たり前になっていた。
 苦難の果てにこうして二人が結ばれたことは、やはり必然だったのかもしれない。二人を引き合わせたのは、前世からつながる運命ばかりではなかっただろう。犬夜叉は桔梗の生まれ変わりとしてのかごめではなく、かごめという少女そのものを愛した。
「――今の、すごく感動した」
 火鼠の衣の袖端を目尻に押し当てながら、かごめは微笑んだ。
「もう一回言って?」
「は?」
「だから、もう一回」
「な、なんでだよ」
「だって、聞きたいんだもん」
「い、言わねえぞ、おれは――」
「なんで?いいじゃない、べつに減るもんじゃないし」
「バ、バカッ。そういうのはなあ、二度も三度も言うもんじゃねえだろーが!」
 犬夜叉が身を乗り出して力一杯言う。鼻先のつくほど近くにある彼の顔を、かごめは目を瞬かせながら見つめた。
「ねえ、なんでだろ」
「……なんでいっ」
「昨日よりも、今日はもっと犬夜叉がかっこよく見えるの」
「はああ?」
 かごめの両手が、彼の頬を包み込んだ。
「あたし、おかしくなっちゃったのかも」
 犬夜叉の瞳に動揺の色がにじむ。
「か、かごめ?」
「犬夜叉――」
 かごめが目を閉じた。長い睫毛がかすかに震えている。思わず見とれる犬夜叉の唇に、吐息がふりかかった。かごめの唇は、水気をたっぷり含んだ葡萄の実よりも遥かにみずみずしい。
 犬夜叉は固く目を瞑った。
 目蓋の裏に、同じ夢の残像がちらついた。鴛鴦、鳳凰、比翼連理――。
 二人一緒なら、どんな幸福も思いのまま。





end.




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