逢魔  - 7 -




 二人の頭上で、常夜灯がゆっくりと点滅を繰り返している。
 風の音や雨音さえもいつしか聞こえなくなり、部屋は水を打ったような静けさに包まれていた。時折、寝言ともつかない六文のうめき声があがるばかりだ。
 近くに悪霊の気配はつゆほども感じられない。諦めていずこへと消え去ってしまったのだろうか。
 いや、りんねの頭には、すでに悪霊への懸念すら残ってはいなかった。
 持てる意識のすべては、早鐘を打つ彼の心臓、そして恋い焦がれる少女にのみ注がれていた。
 ――この世の誰よりも近いところに、桜がいる。
 彼女は過ちを悔やむりんねを受け入れてくれた。弱さや狡さや孤独感、りんねが打ち明けることを躊躇し隠そうとしていた彼のすべてを認めたうえで、優しく抱き締めてくれた。まるで冷えたりんねの心ごと包み込んで、あたためるかのように。
 ――真宮桜。
 目を閉じながら、彼は思う。
 その寛容さと優しさを、同情や憐憫などではなく、愛情ととってしまうのは――あまりにもおこがましいだろうか。そんなことは、都合の良い空想でしかないだろうか。
 けれど、もし万に一つも、彼女が自分と同じ気持ちでいてくれているとしたら?こうして触れ合っていることに、安堵と幸福感を抱いてくれているとしたら――?
 ……確かめたい、今すぐにでも。
 心が逸るあまり、音や景色が追い付かない。もう何も聞こえない。何も見えない。
 りんねはもどかしかった。いつだって、肝心な時に桜の声が聞こえない。本心が見えない。焦っているのはいつもりんねばかりで、なんとか歩み寄ろうと必死になるのも彼の方だった。
 りんねはぱっちりと目を開けた。薄闇が目に優しい。桜の耳元に唇を寄せて、彼は正直な心境を打ち明けた。
「……お前の声が聞きたい」
 抱き締めた彼女が、肩を小さく揺らすのがわかった。
「本心を見せてほしいんだ。真宮桜」
「本心?……何の?」
 りんねは言葉を勢いづけるように、息を吸い込んだ。
「目の前の男に対する、お前の本心」
 桜が大きな瞳を瞬かせた。頭上でもわずかな明かりがちかちかと点滅している。電球がきれる寸前なのかもしれない。
「……六道くんに対する、私の本心」
 彼女は静かに復唱する。それはまるで、よくわからない言葉の意味を噛み締めるかのようだった。
 ここで引き下がりはしない。りんねが、鼻と鼻がぶつかりそうなほどに顔を近付けた。
「この際だから正直に言う。――俺は、お前をただのクラスメートだなんて思ってない」
「……え?」
 瞠目する桜を見つめながら、りんねは矢継ぎ早に言う。
「十文字やれんげ達とは違う。お前は特別なんだ。絶対に、ただのクラスメートなんかじゃない――」
 桜の肩を掴む手に力がこもった。ずっと避けてきた事の核心に迫った戸惑いと達成感が、一緒くたになってふり掛かる。
 本当は恐かった。
 この先を言ってしまえば、もう今までの二人には戻れないだろう。一度踏み越えた境界線は二度と引き返せない。つかず離れずの関係は、この告白によって終わりを迎えるのだ。つくか離れるか、白か黒か。恋の決着は、そのどちらか一方。灰色は決して出ない。
 後戻りできないのは恐ろしい。けれどそれでも、どのみちいつかは決着させなければならなかっただろう。そして、今こそがその時なのだ。越えるべき境界線は、もう目の前にある。
 一歩前に踏み出すために、りんねは口を開きかけた。

 点滅していた常夜灯が、ぱちんと消えた。
 闇が大きく歪んだ。





To be continued


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