小噺集A



お題配布元:邂逅と輪廻 ――「鏡の向こうの私と君」より


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【嘘の代償】

 夢を見る。憧れのあの人と並び歩く夢。
 二人で映画を観に、遊園地に遊びに、デパートへ買い物に、カフェにお茶をしに行く。
 彼は私に手を差し延べてくれた。ごく自然に、まるでそうすることが当たり前であるかのように、私達は手を繋いだ。
 行き交う人々が、私達を振り返って、何かを囁いている。羨望の眼差しが背中に浴びせられる。私達は、誰もが羨む仲良しカップルに見えるんだろうか。だとしたら嬉しい。
「れんげ」
 先輩は私を見下ろして、優しく頭を撫でてくれる。
「なんですか、架印先輩」
 唇が静かに動いた。
「ぼくは、きみのことが――」
 突然、辺りが、暗くなった。
 繋いでいた手が、素っ気なく振りほどかれた。
「れんげ」
 とても厳しい声で、彼が呼ぶ。こちらに向けて変面鏡ガマを構えて。
「きみは、堕魔死神なのか――」
 落胆をあらわに先輩は聞いてきた。
 私は瞬時にして悟った。
 彼はもう、憧れの先輩でも優しい恋人でもない。私という悪を弾劾する記死神でしかないのだと。
 けれど私は、先輩のそんな顔は見たくなくて、敵意を向けてほしくなくて、
「違います」
 笑いながら、嘘をついた。
「私が、架印先輩を裏切るはずがないじゃないですか……」
 これは夢だ。どうせ夢なんだから、現実じゃないんだから、きっと、どんな嘘をついたって許される。
 一年前のあの日、私は三途の川に流されてなんかいないし、そのせいで受験会場に遅れてもいない。周囲の期待通り、トップの成績で死神一高に合格して。頑張って勉強して、先輩に褒めてもらえるような立派な死神になるんだ。
 堕魔死神れんげなんて、どこにもいない。
「すまない、れんげ」
 架印先輩はようやく敵意を収めてくれた。
「きみを疑うなんて、ぼくはどうかしていた」
 私は愛想笑いを浮かべた。
 夢の中なのに、なぜか砂を噛んだような感じがした。

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【まどろみに消える】 (第170話「長い話」ネタ)

 放課後桜が保健室を訪れてみると、彼はまだベッドで安らかな寝息を立てていた。
「さっき起きたと思ったら、またまどろみ出しちゃって」
 と、保健の先生が溜息ひとつ。「もう放課後だし、そろそろ起きてもらいたいんだけど……」
「よっぽど寝心地がいいんですね」
 と、桜は苦笑した。普段は硬い畳をベッドにしている彼だから、それも仕方ないことだった。
「じゃあ、私が起こしてみます」
「そう?お願いできるかしら」
 起こしてしまうのは忍びないが、いつまでもここで寝かせておくわけにもいかない。
「六道くん?」
 桜の呼び掛けに、彼の瞼が微かに震えた。けれど小さく唸るだけで目は覚まさない。
「六道くん、起きて」
 今度は軽く肩を揺すった。彼の眉間に皺が寄る。
「起き――」
「うーん、もう少し……」
 突然、腕を強く引かれた。桜の身体はそのまま前のめりになって倒れ、柔らかいベッドの上で僅かに弾んだ。
 その衝撃でりんねは目が覚めたらしい。桜がすぐ隣で目を瞬いているのに驚いて、ベッドから飛び起きた。
「す、すまん!夢見心地でつい……」
 寝癖のついた頭を何度も下げて、りんねは謝ってくる。
「りんね様、桜さまは抱き枕じゃないんですよ?」
 ひらり、とベッドに舞い降りた六文がからかうように言った。耐え切れなくなったのか、りんねはきちんと正座したまま、赤い顔で俯いてしまった。

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【線香は夏の香り】

 ある日、仕事を終えて家に帰ってみると、彼がいつになく嬉しそうな表情で私を出迎えてくれたことがあった。
「おかえり、魂子。今日は一緒にこれをやろう」
 そう言って、彼が背中に隠していたものを前に持って来た。それは花火セットだった。
「買い物に行ったら鯖人が欲しがってね、せっかくだから買ってあげたんだよ」
 ま、僕もやりたかったんだけどね。と、まだおしゃぶりの外れない小さな息子をよいしょと抱き上げて、彼は屈託なく笑った。
 夕食後、庭先で私達は花火をした。彼と私の間に挟まっている鯖人は、初めて見る花火に目を爛々と輝かせていた。
「しゅごい」
 呂律の回らない口調で、愛くるしく手を叩いている。
 彼が、鯖人の頭越しに、私の頬に唇を寄せてきた。驚いて線香花火を落としてしまって、私はむつけた。そんな私を見て、彼は幸せそうに笑っていた。
 今度は私が仕返しをした。鯖人はいけないものを見てしまったかのように、紅葉に似た手で目をぱっと覆った。
 そこで、目が、覚めた。
 仏壇から線香の匂いが漂っている。
 遺影の中で微笑む彼。あの日の愛くるしい私達の坊やは、一体、今どこで何をしているのやら。
 今年も夏が終わるなと、思った。

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【幸せは桜色】

 昔から死神の仕事で、恋愛の悩みを聞くことはよくあった。その都度それなりに親身になって助言して、たくさんの霊を成仏に導いてきたつもりだ。
 でもまさか、自分が恋愛で悩む日が来るなんて、思いもよらなかった。
「また溜息ですか?りんね様」
 六文が顔を覗き込んでくる。「さっきから、何を思い悩んでるんです?」
「分からないんだ」
「何がですか?」
「……彼女の気持ちが」
 六文がにやにやしている。言わなければ良かったと思った。
「じれったいですねえ」
 黒猫はやれやれと首を振った。「好きなら好きと、そう言えばいいじゃないですか」
「彼女にとって、俺はただのクラスメートなんだぞ」
 嘆いた。「言えるわけがない」
「ぼくは、りんね様には幸せになってもらいたいですよ」
 ぽんぽん、と六文が肩を叩く。「頑張ってください、りんね様」
 階段を上がって来る足音が聞こえた。それだけでもう、心が躍った。

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【鏡の向こうの僕と君】

 ――鏡よ鏡、この世で一番僕が嫌っているのは誰だ。
「……は?」
 悪魔、魔狭人は目を見開いた。
 鏡の縁を掴んでまじまじと覗き込む。
 地獄のあやしげな骨董屋で買った、いわくつきのアンティーク鏡。持ち主の呼び掛けに応じるというそのあやかしの鏡には、彼の予想とは全く異なる人物が映し出されていた。
 自分が一番嫌っている人物を映せ、と命じたのに、それなのに何故――あの人間の女子が映るのだろう。
「おい、お前、どうしてりんねくんを映さないんだ?」
 鏡は何も答えはしない。どこかを歩いているおさげ髪の女子高生の姿を、まるで映画のように映し出すばかりだ。
 いつもあの恨めしい死神の側にいる人間、真宮桜。
「なんでこの子が?」
 いいながらも、なぜか魔狭人は鏡の中に釘付けになっている。
 真宮桜は桜の木の下で誰かを待っているようだった。こうべを高く上げて、風にそよぐ枝を見上げている。
 その横顔を見て初めて、魔狭人は、彼女が思いのほか美人であることに気付いた。
 不意に真宮桜が、上げた視線の先に誰かを見付けて、微笑しながら手を振った。
 彼女の目の前に降り立つのは、蝙蝠に似た翼を持った男。――紛れも無く、魔狭人自身だった。
 信じられなかった。
「なっ、なんで僕が……!」
 なぜ自分がはるばる人間の女子などに会いに行かなければいけないのか。魔狭人は激しい高ぶりを覚えて、鏡をがたがたと揺すった。
「こんなもの、外してやる!」
 すると、鏡がぐるりと回転した。
 今度は鏡一面に、憎い憎い死神がこちらに向けて「あっかんべ」している姿が映し出された。
 憎たらしさだけではない感情が込み上げて、魔狭人は顔を赤くした。
 どうやら、鏡は逆さだったらしい――。







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