ハロウィン・ナイト | ナノ

ハロウィン・ナイト




10月31日。ジャック・オー・ランタンの光がちらつき、お菓子をねだる子供達で賑わうその夜は、黄泉と現世の境界が曖昧になり、この世ならぬ者達があまた行き交うといわれている。

 普段はたいした家具もなく殺風景な六道家も、この日は華やいで見えた。真宮桜と死神鳳の手によって、にぎやかなハロウィンの装飾が施されているのだ。
 彼女達は窓にインテリアジュエルを貼り、壁にモールのガーランドを飾り、キャンドルを置いた。モチーフはかぼちゃにコウモリに蜘蛛に髑髏。あとは足りないのは本物の幽霊くらいなものだろう。
 そうして女子組によって生み出されていくハロウィンを、六道りんねはこたつ机から物珍しそうに眺めていた。
「こうやって飾り付けされていくのを見てると、ワクワクするなー」
 と、目を輝かせて言う十文字翼。随分楽しそうだな、と横目で流し見てりんねはぎょっとした。いつのまにやら、お祓い屋は悪趣味な緑色のかぶり物をしていたのだ。
「十文字、なんだそれは」
「は?何って、フランケンシュタインの仮装だ。見て分かるだろう」
 少し引き気味のりんねをよそに、やけにリアルなフランケンシュタインのかぶり物を押し上げて翼はふふんと笑った。
「パーティーをやると聞いて、さっきおもちゃ屋から買ってきた。ハロウィンといったら仮装は外せないだろう」
「そうか?」
「そうだよー」
 飾り付けを終えた桜が不意に振り返って、翼に同調した。
「六道くんはしないの?仮装」
「いや、そんな急に言われても、特に用意もしてないし……」
「じゃ、吸血鬼なんてどう?」
 鳳がこたつ机(彼女いわく、フレンドリー・スクエア)の上にリボンをのせたジャック・オー・ランタンをどかっと置いて、りんねにしな垂れかかった。
「私もね、女吸血鬼になろうと思ってるのよ。だからお揃いでどう?」
「……いや、遠慮しときます」
 じーっと見つめてくる桜を気にして、りんねは顔から汗を流した。
「で、真宮さんは何の仮装をするんだい?」
 おかしなかぶり物を目深にかぶりながら、翼が期待を込めて尋ねた。
「私?私はね、無難に魔女とかかなあ」
 なおもひっついてくる鳳をぐいぐい押し退けながら、りんねは楽しそうに笑っている桜を見た。
 その笑顔を見ていると満更でもなく、ハロウィンというのも結構楽しいものなのかもな、と思えた。
 女子組が家とクラブ棟を行き来してごちそうを運び込み、日が暮れてからハロウィン・パーティーが始まった。
「せっかくだから、まずは乾杯しましょ」
 という鳳の一声に、一同はそれぞれオレンジジュース入りの紙コップを掲げる。
「かんぱーい!」
 翼に借りた黒いマントと骸骨のお面をつけたりんねは、うきうきしながら机に並べられたごちそうを見下ろした。コロッケにサラダにパイにプリンにクッキー。なにもかもがかぼちゃ尽くし。
「桜さまからの差し入れ、おいしそうですね、りんね様」
「ああ。目も眩むようだ」
 目を輝かせている主従に、やけに露出の多い女吸血鬼に紛した鳳は不満げに唇を尖らせている。
「ちょっとちょっと。私だって、ちゃんと作ったんだからね」
「鳳はサラダとプリンとクッキー。私はコロッケとパイを作ってきたんだよ」
 山高帽をかぶった魔女風の桜が言うと、りんねと翼はすかさずコロッケとパイを紙皿に取り分けた。
 ふと、ノックもなく部屋のドアが開いた。
「騒がしいと思ったら、やっぱりあんたらだったのね。揃いも揃って阿呆みたいな格好!」
 りんねの隣人、四魔れんげが小馬鹿にしたように笑っていた。
「何ですって、この性悪女!」
 噛み付いたのは鳳である。二人は小学校以来の犬猿の仲だった
「堕魔死神なんてお呼びじゃないんだから、さっさと部屋に帰れば?」
「言われなくても帰るわよ」
 意外にも、れんげは大人しく引き下がった。けなされたというのになぜか晴れ晴れとした顔をしている。不審に思ったりんねがこっそり後を追いかけてみると、校庭に大量の幽霊が集まっていた。そんな彼らをれんげが先導し、巧みに霊道へ誘いこもうとしていた。
「れんげ!お前、今度は何を企んでいるんだ!」
 上空からりんねが問い掛けると、厄介な奴にばれたとばかりにれんげは舌打ちした。
「これも堕魔死神活動の一環か!?」
「違うわよ、カンパニーとは関係ないわ。これはただの個人的なバイト!」
 れんげはつんとそっぽを向いた。するとりんねの背後で、翼の羽ばたく音がして、振り向くとそこに腐れ縁の悪魔・魔狭人がいた。
「やあ、りんねく……いでっ」
 挨拶を聞き終えるより前に、有無を言わさずタコ殴り。事情を聞かずとも、この悪魔が現れたという事実だけで大体の予想はついていた。
「ごめんなさい。金に苦労してるこいつを雇って、集めた幽霊達を地獄に連れて行こうとしました」
 散々小突かれてしくしく泣きながら、魔狭人は白状した。
「今日は幽霊がいつもより多く現れる日で、狙い目だと思ったから……」
 桜たちが駆けつけた時には、魔狭人はすでに地獄へ。仕事を邪魔されてふくれっ面のれんげは自室へと帰っていた。
 後に残った霊たちを、りんねと六文、鳳とで輪廻の輪へ送りとどけ、クラブ棟へ帰ってみると留守番していた翼と桜が昔話に花咲かせているところだった。
「あ、おかえり」
「なんだ、お前ら帰って来なくても良かったのに」
 このお邪魔虫、と勝ち誇った顔で言う翼に、りんねはむっとした。
「ここは俺の部屋だ」
 まさかこの恋敵が何かしでかすとは思わないが、他ならぬ自分の部屋で彼女を独占していたかと思うと心がざわつく。二人きりにさせておくくらいなら一緒に連れていくべきだった、とりんねは今更ながら後悔した。
 その後もさまよえる霊がドアや窓を叩いたりするので、そのつど誰かがお菓子を与えたり、死神組が動いたりした。
 何度目かのノックは、死神翔真のものだった。
「りんね、トリック・オア・トリート!」
 首まで包帯をぐるぐる巻きにした翔真(お化けの仮装のつもりらしい)は、ドアが開けられるや、りんねに図々しく手を突き出した。
「お菓子をいただけないのなら、あなたに悪戯なさるそうです」
 ゆったりした声で言うのは、翔真の後ろに執事然としてひかえる契約黒猫・黒洲だ。
「なぜ、わざわざ俺の所に……」
 ぶつぶつ言いながらもりんねがポケットに入っていた残りのキャンディを渡すと、翔真が信じられないものを見たとばかりに口をあんぐり開けた。
「貧乏りんねがお菓子をくれた――!?」
 衝撃を受けている小さな主の耳元で、黒洲は身を屈めてこっそり囁いた。
「計画が台なしですね、翔真坊ちゃま」
 りんねは聞き逃さなかった。
「計画、とは何のことだ?」
 翔真と黒洲が顔を見合わせる。
「いや、まさか貧乏りんねがお菓子をくれるなんて思ってなかったから、悪戯してやろうかと思ってたのに……」
「坊ちゃまは、あなたに悪戯することを大変楽しみにしておられました」
 訳知り顔でうなずく黒洲。
「なんとも迷惑な客だな」
 げんなりとりんねが呟くと、翔真は開き直った。
「まあいいや。お菓子もらったけど、悪戯しちまおーぜ、黒洲」
「畏まりました、翔真坊ちゃま」
 片胸に手を添えて慇懃に腰をかがめるたかと思うと、黒洲は猫の手のステッキを掲げた。彼の十八番、黒猫幻術だ。おかげで部屋はバナナの皮が散乱し、こうもりが飛び交い、蜘蛛が這い回ってあちこちに巣を作り、ジャック・オー・ランタンが耳ざわりな高笑いをする、という災難に見舞われた。
 怒ったりんねが迷惑な主従を夜空に蹴り飛ばすと、入れ代わりにまたも招かれざる客が訪れた。
「りんね、わが息子よ」
 今度はりんねの父・六道鯖人だ。頬被りをしてこんもり膨らんだ袋を携えているのは、泥棒の仮装のつもりだろうか。
「パパのもてなしが欲しいかい?さ、トリック・オア・トリートと言ってごらん」
「帰れ」
 息子に死神道具を投げ付けられ、鎌で殴られ。参った父親はよろめきながら去っていった。ちゃっかり、袋にいっぱいの借用書を残して。
「これがお前のおやじの言う『もてなし』か。憐れだな、六道」
 肩を落とすりんねに、翼は苦笑する。
 その後、朧が迎えに来たため一足先に鳳が帰り、浄霊の依頼が入ったというので翼もまた帰路についた。
 残ったのはりんね、六文、桜の二人と一匹のみとなった。パーティーはお開きとなり、手分けして後片付けをした。
「今日はお客さんがたくさん来たね」
「それも招かれざる客ばかりがな」
 窓のインテリアジュエルをはがしながら溜息をつくりんねに、桜はそっと歩み寄っていく。
 不意に手を差し出されて、りんねは首をひねった。
「六道くん、トリック・オア・トリート」
 桜はにっこり笑った。
「お菓子をちょうだい?くれなきゃ、悪戯しちゃうよ」
 りんねは一瞬固まった。一番「もてなし」をあげたい相手にあげ忘れていたことにようやく気付く。あわててポケットを探るが、キャンディはすべて訪ねてきた浮遊霊や翔真やらに渡してしまったので、何も残っていない。
「すまん……。空っぽだ」
 もろ手を挙げ降参のポーズをとると、彼女は楽しそうに笑った。
「じゃあ、悪戯だね。目を閉じて?」
 りんねは言われた通りにした。目を閉じろとは、どういう悪戯をするつもりだろう。まさか──。
 心持ち緊張しながら、若干の期待も込めつつ、悪戯を待っていると。
 額をぴん、と指で弾かれた。
 驚いて目を開けると、至近距離で桜がまだ笑っていた。
 微妙に期待外れな気がするのは何故だろう?疑問に思いながらも、りんねも思わず笑い返した。彼女がいてくれればなんだって楽しく思えるから、それでよしとしよう。
 キャンドルの明かりが今日は格別に美しく見えた。


 

(2012 HAPPY HALLOWEEN!!)
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