管狐 3 その狐面を確かに見たことがあるけれど、どこで見たかは思い出せないと、桜は言った。 「もしかしたら、六道を呪ったやつは、桜と関わりがあるのかもしれないわ」 れんげが桜の弁当箱に入っている卵焼きをつまみ食いしながら、指摘する。 屋上で円になって昼食をとるりんねと桜と翼とれんげ、その四人の頭上には、からりとすがすがしく晴れ渡った秋の空が広がっていた。昼休みに集うにしてはなかなかめずらしい組み合わせだ。りんねの顔についた狐面について相談するために、桜はいつも一緒に弁当を食べるミホとリカに断ってここにきていた。他三人に至ってはなにかと単独行動をとることが多いので、気軽なものだったが。 「……にしてもれんげ、なぜお前まで真宮さんの話を聞いているんだ?」 邪魔者は一人でも多く消えてほしいらしい翼が不満げに尋ねると、れんげはフンと笑った。 「だって面白いじゃない。六道が誰かに呪い殺されるかもしれないんでしょ?私としては、堕魔死神の仕事を妨害する邪魔者が消えてくれて、願ったり叶ったりだわ」 誰が呪い殺されるものか。りんねは桜がくれたぶどうジュースのストローを噛み潰す。お面がとれないので、飲み物くらいしか口にできないのだ。 れんげが桜に向き直った。 「話を戻すけど。桜、あんたは確かに、このふざけたお面を見たことがあるんでしょう?」 桜は頷いた。「間違いないと思う」 「そしてこのお面は、桜に触られた時だけ、六道を痛め付けるってわけね」 どさくさにまぎれてれんげに張り手を食らわされそうになり、りんねはあわてて後ろに頭を引いた。つい先程、そうやって不意打ちの一手を受けたばかりだ。 翼が怪訝な顔付きをした。 「六道を呪ったやつが真宮さんに関係してるって、どういうことだ?」 「これは私の予測だけど、」 りんねに一撃を食らわすのに失敗し、座り直したれんげが桜を見た。 「そいつは前に一度、どこかで桜に会ったことがあるんじゃないかしら?」 ――前に一度。どこかで。 「どうして六道を呪ったのかは、分からないけど」 「六道が勝手に恨みを買っただけじゃないのか?」 「狐に呪われるほど恨まれるようなことをした覚えはないぞ」 こん、こん、こん。 桜は、背後から狐の啼き声が聞こえたような気がした。 つい、後ろを向いてしまいそうになる── 「真宮桜、どうしたんだ?」 振り返りかけて、桜ははっと顔を戻す。喜怒哀楽のどれともつかない表情をした狐面。その奥から、りんねの気遣わしげな目が彼女をじっと見つめていた。 「ううん、なんでもない」 心配をかけたくない。戸惑いをひた隠し、桜は首を横に振った。 放課後、ミホが三年の教室に行こうと持ちかけてきた。 「三年一組に、占いをやる先輩がいるんだって。なんか、すごくよく当たるって評判らしいよ」 あまり興味はなかったものの、昼休みに同席できなかったこともあって、桜は付き添うことにした。 ところが三年一組の教室を覗いてみたところ、目当ての先輩はもう帰ってしまったとのことだった。テストの結果を前もって占ってほしかったらしいミホががっかりするのを桜はリカと二人でどうにかなだめた。用を果たせなかった三人はあえなくそこで解散となり、帰宅組の桜と、生徒会や部活のある他二人とに別れた。 階段に向かおうとした桜の肩に、ふと誰かが手を置いた。 おどろいて振り返ると、長身の男子生徒がそこにいた。彼女を見下ろしてにこやかに笑っている。切れ長の目はそうして笑っているとますます細まり、鼻は鼻梁が通っていてすっと高い。特徴的なその顔から、一瞬、桜は狐を連想した。同時になにか、既視感に似たものを覚えた。 「俺を探してる一年生がいると聞いたけど、それはきみ?」 「あ、……はい」 咄嗟に桜はそう答えていた。 「友達が先輩に占ってもらいたかったみたいで、教室に伺ったんですけど」 「そうですか。わざわざ尋ねて来てくれてありがとう。それで、そのお友達は?」 「先輩がいらっしゃらないと思って、ついさっき行ってしまって……」 桜は誰もいない廊下の先を見て、ぎくりと身を強張らせた。あそこには、暗闇があった。 「お友達は行ってしまったんだね。じゃあ、代わりにきみのことを占ってあげよう」 先輩がごく自然に桜の手をとった。その手の感触が、やはり彼女にはどこか懐かしいもののように思えた。 「真宮桜を見失った」 りんねは翼とれんげの手を借りて、学校中を探し回っていた。 終礼後、三人がほんの少し目を離した隙に、彼女はミホやリカと共に忽然と姿を消してしまった。どうやら霊的な空間に迷い込んでしまったらしい。引き返してきたミホとリカはすぐに見つかったが、桜だけが依然として行方不明のままだ。彼女たちが訪れたという三年一組の教室はもちろんのこと、その階の全ての教室をくまなく探してみたものの、やはり桜は見当たらない。 「なんで私があんたに協力しなきゃいけないのよ」 と至極不満げなれんげだったが、「手を貸さなければ本性を架印にバラす」とりんねに脅され、渋々ながらも学校を飛び回る羽目になった。 「俺を狙った呪い手は、百葉箱を使って呪いをしかけてきた。普段から俺が百葉箱を通して依頼を引き受けていることを知っていたんだ。つまり相手は、学校内に潜伏している可能性が高い」 りんねの読み通り、呪い手はこの学校にいた。 「そして、やつの狙いは恐らく――」 りんねは狐のお面にそっと触れた。 桜に触れられた時感じた、あの焼け付くような熱さを思い出していた。 続 |