嘘つきは泥棒の始まり | ナノ

嘘つきは泥棒の始まり


 マフラーに唇を埋めながら、直は小さく鼻をすすった。喫茶店を出た途端に木枯らしが吹き付けてきて、とても寒い。折角の紅茶で温まった身体が急速に冷え始めたのを感じていた。
「寒いですね、秋山さん」
 コートのポケットに手を突っ込みながら、ああ、と秋山は相槌を打つ。
「もうすっかり秋だな」
「ほんとに。葉っぱもすっかり赤くなってきましたよ」
 二人並んで、秋風になぶられる街路樹の梢を見上げる。かさかさ音を立てて、葉が何枚も歩道に落ちた。直の髪にまとわりついた葉を秋山が摘み取ると、木枯らしがすかさず奪い取っていった。
「今日はまた話を聞いてくださって、ありがとうございました」
 律儀に頭を下げる直に、秋山は僅かばかり表情を緩める。
「秋山さんとお話したら、次のゲームへの不安も吹っ飛んじゃいました」
「そうか。それは良かった」
「本当に、秋山さんがいてくれると思うと心強いです」
 秋山は微笑した。
「俺も君のような仲間がいてくれて、心強いよ」
「……私みたいな馬鹿正直でも、秋山さんの役に立ててますか?」
「馬鹿正直にしか出来ないこともあるからな」
 秋山は腕時計にちらりと視線を落とした。
「そろそろ行くよ。まあ、何かあったらいつでも話は聞くから」
「ありがとうございます、秋山さん」
「……それじゃ、また」
 そう言って、秋山は片手を上げて踵を返した。曲がり角でその背が見えなくなるまで見送ってから、直は駅に向かって歩き出す。両手をしきりに擦り合わせながらふと思った。一人になった途端にさっきより更に冷え込んだように感じるのは、気のせいだろうか。
「寒いなあ……」
 俯きながら歩いていたのが災いし、不意に人にぶつかってしまった。謝ってから顔を上げてみると、いかにも軽薄そうな茶髪の青年が、まるで品定めするかのような眼差しで彼女を見下ろしていた。
「君、寒いの?」
「い、いいえ」
 直感が働きかけて直は首をぶんぶんと横に振ったが、青年は引き下がらなかった。
「でも今、寒いって言ってたじゃん」
「大丈夫です。あの、すみません」
 横切ろうとすると、通せん坊された。
「まあまあ。これも何かの縁かもしれないし、良かったらあそこに寄って少し喋らない?何かあったかいものでも奢るからさ」
 青年は、道路を挟んで向こう側にある小洒落た喫茶店を指差した。困り果てた直が口を開くより先に、誰かの手が彼女の肩に乗った。
「ごめん、直。待たせた」
 驚いて振り返ると、今さっき別れたはずの人物がそこにいた。
「あ、秋山さ」
「あそこの喫茶店で待ち合わせだったよな。じゃ、行くか」
 まるで本物の彼氏のようにごく自然な動作で直の手を握り、そこではたと呆気に取られて佇む青年に一瞥をくれる。
「……彼女に何か用でも?」
 その声音があまりにも冷たく、そして視線もまた刺々しいものだったので、青年はすっかり萎縮して後ずさった。
「いや、あの、何でもないんですよ、本当に」
 さっさと行け、と言わんばかりの厳しい視線を向けられて、青年は恐れをなしたように逃げ去っていった。
 それを酷薄に笑いながら見送る秋山に、直は戸惑いつつも礼を言う。
「君みたいな子はどうも危なっかしいから、駅まで送ろうと思って引き返してきたんだ」
 秋山はさらりと言ってのけた。
「隣に彼氏がいれば、変な虫も寄り付いてこないだろうし」
「……かっ、彼氏!?」
 のぼせ上がる直に、秋山は喉の奥を鳴らして笑った。
「嘘も方便だろ?」
「あ、秋山さんの嘘つき!」
 直は頬を押さえた。元天才詐欺師は恨めしいほどの笑顔で彼女の手を引き、歩き出す。胸の高鳴りを感じながら彼女は思った。嘘つきは泥棒の始まりとは本当のことかもしれない、と。





end.


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