Has the cat got your tongue? 学校を終えてクラブ棟に帰ってきたりんねは、部屋の中に二匹の子猫がいるのを見て首を傾げた。 黒い方は紛れも無く自分の契約黒猫なのだが、もう一方の見覚えのない白猫は、一体どちらさまの猫なのか。 「親猫とはぐれちゃったみたいなんですよ、この子」 いつもの姿に戻った六文が事情を説明しながら、不憫そうに白猫の頭を撫でた。雪のように白い子猫は、澄んだ瞳でりんねを見上げている。 りんねは眉根を寄せた。 「俺は猫なんぞ飼わん。だいたい、うちにペットを飼う余裕はない」 「でも可哀相じゃないですか。まだこんなに小さいのに、ひとりぼっちなんですよ」 「それはそうだが……」 「お願いします!せめてぼくが親猫を見つけるまで、うちに置いてあげてもらえませんか?」 りんねは難しい顔をした。 「だが、俺もいつでもここにいられる訳じゃない。飼っても責任がとれるかどうか」 「ご心配には及びません。ぼくがちゃんと面倒を見ますから!」 やけに熱っぽく言う黒猫に、りんねは眉間の皺をゆるめた。 「そうか。六文、お前……」 珍しく微笑を浮かべながら、彼は半身を屈めて囁いた。 「……その子のことが、好きなんだな」 「なっ、なに言ってるんですか、りんね様!」 六文が赤く染まった頬を押さえて首を振った。りんねはくすっと笑った。 「そういうことなら俺も目をつむろう。そのかわり、ちゃんと面倒を見てやるんだぞ」 六文は目を輝かせた。主の手を握ってぶんぶんと振る。 「ありがとうございます!良かったですね、さくら〜」 「……さくら!?」 りんねは我が耳を疑った。 「可愛い名前でしょう?ね、さくら!」 六文が得意顔で呼び掛けると、白猫は小さな鈴を鳴らしたような声で鳴いた。りんねは内心の動揺を抑えて小さなため息をついた。 「なんて名前だ、まったく……」 「だってこの子、桜さまにちょっと似てるんですよ〜」 そう言って、六文は小さな白猫に頬擦りした。可愛くて仕方がないらしい。 愛らしく喉を鳴らす白猫を見て思わず嫉妬を覚えた自分に、りんねはますます動揺した。 白猫の「さくら」を飼いはじめて数日が経った。 「なかなか親猫が見つかりませんねー…」 口ではそう言う六文だが、実は探す気などまったくないことをりんねは見抜いている。六文はいつまでも、この可愛らしい白猫をここに置いておきたいのだ。 「でも大丈夫。さくらのことは、ぼくが守ってあげますよ」 白猫が小さく鳴いた。かいがいしく世話を焼いてくれる六文に、彼女はとてもよく懐いていた。一方でりんねが撫でてやろうとすると、足早に逃げていってしまう。どうやら警戒されているらしかった。まるで本物の桜に拒絶されているようで、りんねは少ししょげていた。 「お前は、六文の方がいいのか?」 六文が出掛けている間、畳の上に寝っ転がりながら、離れた所にいる白猫にりんねは恨みがましくごちた。 白猫は雪のように白い身を丸めて、じっとこちらを見詰めている。 「俺だって、結構可愛がっているんだぞ。お前のことを」 言いながらりんねはだんだんと自分が恥ずかしくなってきた。猫にやきもちを焼くなんて、自分は一体どうしたのだろう。けれど溢れる言葉はとまらなかった。 「もう少しくらい、俺に近付いてくれたっていいじゃないか。……さくら」 さくら。桜。――真宮桜。今のままじゃまだ足りない。どうしたら、彼女との距離をもっと縮められるだろう。 りんねは顔を両手でぱっと覆った。顔から火を噴きそうだった。 「すまん。今のは忘れてくれ」 「何を?」 声にならない悲鳴が上がった。本物の桜が驚いて後ずさった。 「真宮桜、い、いつからここに」「たった今だけど……」 りんねは壁際にじりじりと後退した。白猫が桜の足元で暢気に欠伸をしていた。 「六道くん、さっき私のこと呼んだ?」 白猫を抱き上げながら、桜が首を傾げた。が、赤面したまま固まっているりんねはいっさいの反応を寄越さない。 どうして黙っているのか、疑問に思う桜だったが、腕の中の白猫があまりに可愛らしくて、すぐに忘れてしまった。 その後、散歩中に偶然親猫と遭遇するまで、白猫はクラブ棟に居座り続け、りんねを翻弄した。 end. |