マレウス・マレフィカルム 9月1日午前11時前、キングズ・クロス駅の9と4/3番線は、夏休みを終えて学び舎に戻る小さな魔法使い達とその家族とでごった返していた。 トランクや鳥籠を乗せた大きなカートを押しながら、少年は今しがた通り抜けてきた柱を振り返る。少年の母は今年も、こちらまで見送りに来てはくれなかった。なぜなら、彼の父がその柱を通り抜けることが出来ないから。己の立ち入れぬ世界を決して受容しようとしない父の傲慢さゆえに、魔法界と非魔法界の境界を、母は越えることが出来ないのだった。 「いいさ、別に」 少年はぽつりと呟いた。柱からは続々とカートを押したホグワーツ生が、続いてその家族が現れる。人混みに紛れて、その柱はすぐに見えなくなった。 少年はカートを押して走り出す。別れを惜しんで抱擁を交わす家族達。赤い蒸気機関車から昇る煙。鳥籠の中のふくろうの鳴き声。なにもかも振り切るように駆けながら、少年は切実に思った。早くこの列車に乗ってしまいたい――。 駆け込んでみると、コンパートメントは既に殆どが満員だった。先の車両でグリフィンドールの悪童達がしょうもない悪戯を仕掛けているらしいと聞いて、少年は憂鬱になりながら引き返す。その時一瞬にして心臓が跳ね上がったのは、赤毛の美しい少女が、何の前触れもなしに目の前に現れたからだった。 「セブルス」 少女は今にも泣き出しそうな顔をしていた。まごつく少年の手を取って、強く握りしめる。 「一刻も早く、あなたに会いたかったの……」 言うなり少女は肩を震わせはじめた。セブルスは慌ててポケットのハンカチを取ろうとするが、泣きじゃくる少女に抱き着かれて、まるで「ペトリフィカス・トタルス」の呪文をかけられたかのように硬直してしまった。 「……一体なにがあったんだい、リリー?」 難儀して空いているコンパートメントを探し当て、ようやく二人きりになれたところで、セブルスは戸惑いがちにそう聞いた。 「君がそんな風に泣くなんて、よっぽどのことがあったんだろうけど……」 リリーはセブルスのくれたハンカチで目元を押さえながら、座席の上で膝を抱えた。 「……セブ。やっぱり私って、化け物なのかしら」 「……ペチュニアがそう言ったの?」 「……」 「リリー」 セブルスは向かいの席からリリーの隣に移った。リリーは小さく鼻を啜った。 「私、ホグワーツなんて行かなければ良かったのかしら」 「リリー……」 「チュニーに嫌われるくらいなら、魔女になんて……ならなければ良かった」 セブルスは鉄槌で頭を打たれたような気がした。膝に置いた拳が、震え出した。 「そんなこと、言わないでくれ」 リリーははっと顔を上げた。仲良しの少年が、悲しそうな目をしていた。 「君はきっと、素晴らしい魔女になるために生まれてきたんだ。誰だってなれるものじゃない……リリー、君は選ばれた人なんだ」 それに、と少年はより一層声音を弱めた。 「……リリーがホグワーツに行かないなら、僕がここにいる意味なんて――」 「セブ……」 リリーはセブルスの肩に頭を寄せた。窓辺を向いてしきりに目を擦っていたセブルスは、続く言葉に心を大きく震わせる。 「大好きよ」 リリーはハンカチを大事そうに握りしめて、微笑んだ。 「ずっと、私のそばにいてね」 車窓から見える緩やかな丘に、名も知らない花が咲き誇っていた。その景色の美しさを、自分はきっと一生忘れないだろうと、少年は思った。 end. ×
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