逢魔  - 5 -




 素朴ながらも心づくしの精進料理に箸を進めながら、りんねと桜は終始無言だった。重々しい沈黙を守りつづける二人の間に挟まれた六文はなんともいえない居心地の悪さを感じながらも、そんな二人をどう執り成すべきかと悩むばかりで、せっかくの料理も味気無いものに感じられた。
 食事を終え、住職がりんね達を御堂へ案内する。蔵へ行くといって席を外し、戻ってくるなり、携えて来た宝物を広げてみせた。
「これが六道曼陀羅、六道輪廻の世界を描いたものです」
 りんねと桜はその荘厳な仏画に目を奪われ、息をのんだ。
「鬼の腹中にあるこの大きな輪が、輪廻の輪。この輪の中に、迷える死者の魂が転生するといわれる六道が描かれています。すなわち、天上道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道……」
 ひとつひとつの道を指し示していく住職の指先を、二人の視線がたどった。
「天上道は最も苦悩の少ない道です。天界の人となって、長らく生き、空を飛ぶことさえできるという。……しかしそこすらも極楽浄土ではない。煩悩を持ち続けるかぎり、魂はこの六道の中で、何度でも輪廻転生を繰り返すのです」
 住職がゆっくりと顔を上げた。
「あなた方二人も、煩悩をお持ちですかな」
「煩悩……」
 鸚鵡返しに呟いたりんねが、長い睫毛を伏せる。
「およそこの世に生きる人間において、煩悩なく生きていくことのできる者はおりますまい。なればこそ、我々は孤独な道行きを続けてゆくのです」
「……孤独な道行き?」
 視線を上げた桜に、住職は小さく頷いた。
「さる高僧がこのような言葉を遺しております。『六道輪廻の間には、ともなう者もなかりけり。独り生まれて独り死す、生死の道こそ悲しけれ』」
 りんねの肩が微かに震えた。そういえば、幽霊の少女がその一節を口ずさんでいたのを、桜も記憶している。
「……生まれる時も死ぬ時も、人はみな孤独です。長い人生でどれほど多くの人々と関わろうとも、来世に旅立つ時には、その縁も記憶も全て、持って行くことは叶わんのですから」
 部屋に戻った後も、桜は住職のいったことを考えていた。
「なんか、随分と重たい話でしたね」
 六文は抹香臭い語りにうんざりしたようだった。
「孤独孤独って、そんなに言われると、虚しくなってきますよ」
「うん……」
 桜は部屋の至る所に結界をはっているりんねを見遣った。その背中が、なぜかとても寂しそうだった。
 客を泊めることのできる部屋が一つしかないというので、二人と一匹は同じ部屋で就寝することになった。布団一つ分ほどの間隔を空けて二つの布団が敷かれる。明かりを常夜灯にきりかえてものの数秒、りんねの布団に入った六文は既に夢見心地だった。
 黒猫の安らかな寝息を聞きながら、布団に横たわるりんねと桜が思うことは同じだった。
 今夜は、長い夜になりそうだ――。





To be continued


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